第13話


 『明日やろう』は大バカ野郎だ——。

 そんな言葉を生み出した人間は、もっと大バカ野郎だ。


「ワンちゃんですわぁ〜」


 人は誰しも怠惰な生き物。

 それでいいではないか。

 怠惰こそが生きることへの焦りであり、また同時に、墜ちる幸福をもたらす。


 私は『グレイス広場』で寝転がっていた。

 ここには野生の犬たちが集まる。

 現実ならば病気が云々だが、ゲームの中なら何をしたっていいのだ。広場に犬の糞が落ちていたって構わない。なぜなら、ここはゲームなのだから。

ただ、芝生はかなり独特な臭いがした。黒トリュフでも埋まっているのだろうか?


「わんわんお、わんわんお!」


 私は今、犬になっている。

 この『わんわんふれあいしすてむ(通称わふし)』はゲームユーザーからはすこぶる不評で、「格ゲーに犬はいらねーだろ」とか「犬愛でるぐらいならトレモしろ」だの散々な言われようだった。

 しかし、私は思う。

 闘争者ほど、癒しは必要である、と。


「くぅ〜ん、きゃんきゃん」


 かの文豪、ヘミングウェイも言っている。

 戦う者は愛があるから戦えるのだと。男が戦いに行き、帰って女と過ごす。そうして愛を享受し、また戦う。この循環は古い時代から変わっていない。

 私は男になど興味はない。

そして、女として男に尽くすつもりもない。

 私は今、闘う者なのだ。


「はふ、はふ、はふ」


 ならば、この犬たちは——私に愛をくれる者たちである。

 ここで、私なりの循環が見つかったのである。

 闘いを癒すには愛、すなわち無垢な感情に触れること。

 『格ゲーに犬』とはまさに、ヘミングウェイの信念を表しているのである。

やはりこのゲーム、神ゲーである。どこをとっても好き。


「ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ」


『あら、可愛い御犬さんだこと』


 急に触られ、しかし今の私は犬。

優しい手つきに、腹を見せてしまう。

 仰ぐように見て、そして身体が固まった。

 手の主は、メインキャラ『グリセリ』だった。


「ひ、ひい!」


 緊張のあまり、私は戦闘態勢を取ろうとした。

 それを読んだのか、グリセリは私の背後に回った。


「あらあら、犬はそんな声で鳴きませんよ?」


 癒しの場に戦慄が走る。

 グリセリはマダムキャラで、身長が高い。それにも関わらずスピードに優れており、かつ、ステップによって相手の背後を取ることができる。それを今、やられたようだ。


「ご、ごきげんうるわしゅう、マダム」


「ええ。お日柄も良いことね、ミス・ミナ?」


 名前を知られている。

 新キャラはとにかく注目されるらしい。

 グリセリの執事が日傘を差した。ちなみにゲームでも執事が攻撃してくることがある。あの傘による突きが痛いのなんの。なぜか刃物と同じS Eが使われている。


「闘いに明け暮れるなど、凡人の考え。真の覇者は、命をかけて休息をする」


グリセリは私と同じ考えのようだが、素直に喜べなかった。

とにかく緊張感がやばすぎる。


「貴女は、それを心得ているようで」


「は、はあ……」


 単純に『わんわんふれあいしすてむ(通称わふし)』が好きなだけだったのだが、偶然にも称賛されているらしい。

 執事がマッチを擦った。グリセリの煙管に火が灯る。


「ですが、癒しだけでは身体が鈍りますわ。腐っても、私たちは鯛。水を求めるがごとく、闘いに惹かれる」


 あ、まずい。

 彼女の戦闘前の口上と同じである。


「……ここで闘うのですか?」


「いえ、ここはステージではございませんよ、新キャラさん」


 しっかりと教えてくれた。私も当然知っているがな!

そもそも、彼女は表舞台と裏舞台でキャラクターは変わっていなかった。

マダムはどこへ行っても親切(?)なマダムである。


「明後日、貴女に闘いを申し込みます」


「あさって」


「場所はワタクシの屋敷——ギミックの少ないステージで闘いやすいでしょう」


 確かに、彼女のステージは『あるタイミングで中央のシャンデリアが落ちてくる』だけだ。毎回高級そうなシャンデリアが落ちてくるのも、屋敷の住人としてはたまったものではなさそうだが。


「わかり、ました……ですが」


「ですが?」


 ふと思いついたことを、私は口にする。


「2 on 2でやりませんか」


 2 on 2——いわゆるチームタッグ戦。

 パートナーを選択することで、途中で操作キャラを入れ替えたり、一部の必殺技を代わりに放ったり、飛び道具のないキャラに援護射撃をしたりと、戦略の幅が広がる。たいていのネット対戦は1on1が主流だが、このゲームにはさらに3on3も用意されている。

 私がこの形式を選んだ理由は簡単だ。

 ただ単に、やってみたいからである。


「そちらの執事さんも、プレイアブルキャラクターでしたよね」


 私が言うと、執事は微かに笑みを浮かべた。

実はこの人単体でも性能が高かったりする。


「奥様次第でございます」


「そうね……面白そうだし、承諾しましょう」


 よし、通った!

 格ゲーとは別の緊張感を制した気持ち良さが、風として私を吹き抜けた。


「ただ、貴女にパートナーはいまして?」


「ええ、います。明後日には用意します」


 私は犬だ。

 犬は、何をしても許される生き物である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る