第12話


 負けは負けだが、いつか大きな財産になる——そんな負けだった。


「はあー……疲れましたわ」


 ゲームの中でも疲労はする。

 調子、というシステムがあり、また疲労というシステムもある。ダウン値が疲労に相当するのだろう。今誰かの必殺技を喰らえば永遠に眠る自信はある。それぐらいに、疲れている。

 制服をハンガーに掛け、張っておいた湯船に浸かる。


「くぅ〜効きますわ〜」


 ハーブのバスオイルが心地よかった。

 鏡の前に立って、身体のチェックをする。

 あれだけボコボコに殴られても、あざや怪我は見当たらない。怪我のグラフィックは用意されていないのだ。汗のグラフィックはあるので、キャラクターはよく額に汗を浮かべている。

 私の身体は、現実世界と同じ形を取っていた。

 身長160cm、ヒップ、バスト、ウエスト、全て同じだ。

 ドット描写だと、どんなふうに描かれるのだろう、と妄想する。


(ゲームキャラになれるって、こんな名誉なこと、ありませんことよ)


 いい汗をかき、冷水を浴び、浴室を後にする。

 外は日が沈んでいる。

 夜でも、街は眠らない。

 夜景を背に闘うステージも存在する。


「少し、散歩でもしようかしら」


 買っておいた部屋着に着替え、私は部屋を飛び出した。

 外は人で溢れていた。酒場で騒ぐ声、道端で話をする人々、賭け事で盛り上がる店、喧嘩をしている男たち、それを肴に酒を飲む人——大人の雰囲気が、そこにあった。

 酒を飲んでもいいのだが、やめておいた。

 シスイ戦の余韻も残っている。今日はこの気持ちを味わいたかった。


(……そうだ、あそこに行こう)


 ふと思いつき、私はバスに乗った。乗客はほとんどいなかった。

 バスに揺られること数十分、街並みが変わる。都市の郊外は森林が広がっていた。ここには人喰い動物がわんさかいる、という設定だが、裏ではどう過ごしているのだろうか?

 さらに時間が経った。

 窓の暗闇をぼんやりと眺めていると、バスが止まった。

 終点の『スルガ池』に着いたのである。

 運転手に「お気をつけて」と言葉をもらい、バスを後にする。

 

「はぉ……」


 降りた瞬間に、私は感嘆した。

 『スルガ池』はただの池ではない。ここには、精霊が住んでいる。

 辺りには、蛍火のような淡い光で煌めいていた。

 水の精霊が多いため、ほとんどは青色だったが、中には黄色、赤、桃色、白なども混ざっていた。自然のイルミネーションだった。


「……静かね」


 街の喧騒もいいが、自然の静けさもいい。

 闘いの疲れを癒すにはもってこいの場所だ。

 精霊による霊力も相まって、身体が癒されていくのを感じる。


「……」

 

 静かになると、思考が回る。

 ショック戦、カレイタ戦、シスイ戦と、私はここに来てから3回戦った。

 もちろん全て負けている。

 しかし、ただ負けたのではなく、全て、意味のある負けだった。

 負けることが楽しい——こんな思い、久しぶりだ。


「もっと、知らなくては」


 まだまだ、わからないことがたくさんある。

 自分のキャラ性能を知らずに闘うことは、火の熱さを知らずに飛び込むようなもの。

 知らなければならない、私自身のこと。

 この世界に生きる人々のこと。

 このゲームのこと、全て、全て。


『————』


 精霊が私の周りを飛んでいる。

 この精霊は『ファイターの不屈の意志に惹かれる』という特性がある。ゲームでは、負けている方のキャラをステージギミックとしてサポートしたりする。私が未だ負け続けていることを知ってのことだろうか、それとも。

 満月と、精霊の光が、水面に溶けている。

 それを見ていると、また明日も頑張ろうと、そう思えてくる。


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