第6話


「ああっ、この卵、生なんですけど! 食パンに生卵とか、あり得ませんわ!」


 朝風呂を済ませ、ルームサービスで朝食を摂っていると、電話が鳴った。

今の時代にはない、アンティークの固定電話だった。

世界観は細部に生きるのである。こういうなんでもないところ、好き。


「はい、ミナでございますわ」


『202号室様ですね?』


 フロントの声だった。おじいさんのしゃがれ声が聞き取りづらい。


『先ほど、お客様が来られまして……ミナ様にお会いしたいと』


「わたくしに? どなたが?」


『名前は聞いておりませんが、女性でした』


「女性」


 私に会う人がこの世界にいるのか——というのは置いておく。

 その女性がプレイアブルキャラだという仮定をすると、このゲームには全キャラクター20人。女性はその中で10人いる。一番会いに来そうなのは『カレイタ』という超絶キュートな女の子。「はゅぅん」が口癖で、小柄で愛嬌がある。しかしパワーがえげつないという「ギャップ燃え」設定。そのギャップも相まって、作品内での人気は高い。

設定での友好さ的に、彼女らしいように思えた。


「髪の色は?」


『はて……忘れました』


 このクソジジイ。


「じゃあ、身長は?」


『さあ……どうでしたっけ』


 このクソジジイ!


『宿場前のカフェで待つ、とおっしゃられておりました』


 そこだけ覚えてるか普通!?


「……わかりましたわ。ありがとうございます」


 電話を切る。

 私はパンを頬張り、寝癖を押さえつけた。


(有名キャラが、かの人気キャラが、このわたくしに!!!)


 正装の制服(これしかない)に袖を通し、鏡の前に立つ。

 なんてことはない、普通の女子高校生である。

 さあ、どこからでもかかってくるがいい——。


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