第7話 卒業パーティー1

 二年生のある日、同じSクラスで生徒会メンバーのアーサー様からお誘いを受けた。

 数ヶ月後に、一学年上の先輩達の卒業式を控えていた時だった。


「シャーロット嬢。今年の卒業パーティーのことなんだけど、僕にエスコートさせてもらえないかな?」


 生徒会室でたまたま二人きりになった時に、切り出された。


 アーサー様のアイスブルー色の瞳は、今日はいつもよりも緊張しているようで、クールな美貌も少し硬かった。


 生徒会メンバーは、卒業パーティーには学年を問わず参加していた。卒業する先輩達をお祝いして、笑顔で送り出すためだ。


 二度目の人生ではデーヴィッド様にエスコートしてもらったけれど、今世ではそれもない……実はパートナーがいなくて、少し困っていたのだ。


 なお、兄様は婚約者のクラリス様をエスコートする予定だ。


「ええ。もしアーサー様がよろしければ、喜んで」


 私はにっこりと微笑んで答えた。


「良かった……それなら、せっかくだしドレスも贈らせてもらえないかな」

「え……でも、それでは周りに勘違いされて、アーサー様のご迷惑になるのでは?」


 そんな、まるで婚約者みたいなことって……


 アーサー様は、切れ長の瞳と整いすぎた顔立ちがかえって冷たく見えてしまい、また成績優秀な生徒会メンバーのためか、近寄り難い雰囲気がある。


 アーサー様に憧れる女子生徒は多いけれど、なかなか近づけなくて、陰できゃあきゃあと騒がれているタイプだ。


「そんなことはないよ。むしろ、シャーロット嬢となら勘違いして欲しいかな」


 アーサー様の氷の美貌が、ほろりと崩れた。少し恥ずかしがるように頬を赤らめていて、そんな眼福するぎるアーサー様に、私の胸はドキンッと大きく動いた。


 さらに、そんな素敵なアーサー様に「婚約者と勘違いされてもいい」とまで言われてしまい、ボンッと私の顔に熱が集中するのが自分でも分かった。


「ア、アーサー様がご迷惑でなければ……よろしくお願いします……」


 私はそう返すだけで精一杯だった。言葉も最後は尻すぼみに小さくなる。

 恥ずかしすぎて、まともにアーサー様の顔は見れなかった。



 卒業パーティー当日、私は侍女にドレスを着付けてもらい、卒倒しそうになった。


 アーサー様が贈ってくださったのは、アーサー様の瞳と同じ色のアイスブルーのドレスだった。

 フリルやレースは最小限の、品の良いプリンセスラインの美しいドレスだ。


 アーサー様はさらにジュエリーも一緒に贈ってくださっていた。

 繊細なホワイトゴールドの地金に凛と輝くブルーダイヤモンドが付いたネックレスとイヤリングで、ドレスにピッタリと合っていた。


 可愛らしくも品のあるデザインのドレスとジュエリーに胸をときめかせながらも、高価すぎる贈り物であることと、アーサー様を思い浮かばせるその色合いに、私は嬉しいやら恥ずかしいやらで戦々恐々としていた。


「うちの妹は生徒会の仕事ばかりで、華が無くて残念だとは思っていたけど……いつの間に、ねぇ?」


 兄様がニヤリと笑って、揶揄うようにドレス姿の私を見ていた。

 今日はパーティーの主役の卒業生ということもあり、かっこよく着飾っていた。甘めのハンサムな顔立ちで、天使というよりは小悪魔な感じに成長してしまった。


「に、兄様! こ、これは誤解です! そういうことではありません!!」


 私が慌てて否定すると、


「本当にそうかな? アーサー様の隣に並ぶロッティのその姿を見て、勘違いしない者はいないと思うよ」


 兄様がニヤリと目を細めて、私を覗き込んだ。


「アーサー様とは、そんな……!」


 アーサー様は良きクラスメイトで、大事な生徒会の仲間で、人柄も良くて勉強もできて尊敬できて、一緒におしゃべりをしていると楽しくて……でも、そんな彼と私なんかが婚約者と間違われたりしたら、申し訳なさすぎるわ!!


「ブルーダイヤモンドは、フォスター領の名産品だよ。大事な女性にプレゼントするにはピッタリだ」


「『大事な女性』って!?」


 私が、きっと真っ赤に茹で上がっている両頬を押さえてそう叫ぶと、


「おっと。クラリスを迎えに行かないと。ロッティ、綺麗だよ。アーサー様にはちゃんとお礼と返事をするんだよ?」


 兄様はそそくさと私の部屋から出て行った。


「アーサー様に『返事』って……」


 私は兄様の言葉を口ずさんで、途方に暮れてしまった。


 一度目の人生も、二度目の人生も、デーヴィッド様に恋をした。

 だから、今さらになって他の人に恋をするとなると……一体、どうすればいいの!?


「お嬢様、アーサー・フォスター様がおいでです」

「はいぃっ!」


 私は丁度ドレスとジュエリーの贈り主の名前を聞いてしまい、思わず裏返った声で返事をしていた。



 アトリー家のロビーでは、アーサー様が待っていた。


 アーサー様は、シルバーグレーと私の瞳と同じ青色を基調としたウエストコートとジャケットをキリッと着こなしていた。夜会らしく前髪は後ろに流されていて、非常に凛々しくて、いつもとは一味違った雰囲気の彼に、私の心臓はドキンッと大きく跳ね上がった。


 私がロビーに着くと、アーサー様がこちらを振り向いた。

 アイスブルー色の瞳とかち合ったかと思うと、アーサー様の氷の美貌がふわりと解けた。


……眼福すぎて、もうダメかもしれない……


「シャーロット嬢。綺麗だよ。やはり、あなたにはそういった品が良くて愛らしいものが良く似合う」

「ア、アア、アーサー様。素敵なドレスとジュエリーをありがとうございます。アーサー様こそ、その、とても素敵でかっこいいです……」


 私はただでさえかっこいいアーサー様に褒められて、ものすごくドギマギしながら答えた。


「ありがとう、シャーロット嬢。さぁ、会場に行こうか?」


 いつも以上に麗しいアーサー様に手を差し出され、私はどうしようもなく緊張しながらそこに自分の手を載せた。

 白い絹の手袋をした大きな彼の手。普段は触れることがないからこそ、余計にドキドキしてしまう。


 アーサー様の腕に手を添えて隣に並ぶと、彼は私よりもずっと背が高くて、ふわりと柑橘系のコロンの香りがした。



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