第31楽章 メンバー選考

この時期じきになると神楽坂かぐらざかの頭をなやませる問題、それがメンバー選考せんこうだ。

コンクールには出場人数の上限じょうげんがある。そのため、人数の多い場合は出演できないメンバーがでてくることになる。


もちろん基本的な演奏ができていることが条件とはなるが、その点については清流せいりゅうの生徒たちは全員クリアしていた。理由なく練習をさぼる生徒もいないと感じている。


たくさんの人間がいると、どうしてもその中にサボる人が現れると言われている。働きアリの法則というらしい。働きアリの中には働かないアリが2割いるのだそうだ。ところがその2割を取りのぞき、働くアリだけの集団を作ると、その働くアリの中から2割の働かないアリが新たに生まれるらしい。

いや待てよ。その理論を逆に考えれば、働くアリが全滅ぜんめつしたら、今まで働いていなかったアリの8割が働くようになるということだ。どのアリも、働く素質そしつと働かない素質を持っていることになるんじゃないか?


「いけない、現実逃避げんじつとうひしていた」神楽坂はぽつりと言い、あらためてパート表に目を落とす。全体の編成へんせいを考えて、明らかに多すぎるパートからメンバーを選んでいく。打楽器は各楽器に1名ずついればよい。というより、それ以上は必要ないため、選出は比較的スムーズに済む。問題なのは、管楽器だ。全体のバランスを考えながら、何名かずつ選んでいく。


神楽坂はメンバー選考にさいし、あらかじめ生徒たちに2つのことを伝えていた。

まず1つめは学年に関係なく、メンバーを選考するということ。

もちろん3年生を優先的に選んであげたいとは思っている。だが、3年生は選考なく出られるとわかれば手を抜く生徒が出るかもしれない。1年生はどうせ出られないと思えばやる気をなくすかもしれない。2年生も、1年生にかれるかもと思えば真剣味しんけんみも増すことだろう。

そしてもう一つ、たとえ選ばれなくても、清流せいりゅう高校吹奏楽部の一員として、最後まで一緒に活動することだ。それは、神楽坂の信念しんねんもとづいている。高校の部活は、その活動自体も大事な活動ではあるが、それを通じて生徒が何を感じるか、何を得るかが大事だと思っている。チームで行動すること、そして音楽に親しむこと。

選ばれなかったということを生徒たちの黒歴史にしてしまうのではなく、それでもなお清流高校のメンバーとして一緒に活動する、ステージに乗れなかったが清流高校の生徒としてコンクールに参加したという、この夏の大事な思い出とし、これからのかてになるようにと願っているのだ。それは、音楽家としてでも、一人の人間としても。


そうすれば、音楽を好きな気持ちはなくならないだろうし、くやしい思いと共に、選ばれたメンバーと同じように喜んだり、悔しがったりする経験を同じように味わえるはずだと思っている。ステージに乗った生徒には乗ったなりの、乗れなかった生徒には乗れなかったなりの経験が得られる。そしてその経験はどちらがすぐれていてどちらがおとっているということではない、と神楽坂は思う。


何年かたってそれを思いだした時に、どちらの生徒にも同じように良い思い出として記憶に残ってほしいと神楽坂は思うのだ。綺麗事きれいごとかも、しれないが。


♪今日のワーク――――――――――――――♪

人数が多い部活だと、どうしても出られない人が出てきてしまうよね。

それは、音楽だけでなく、スポーツでも同じだと思います。

選ばれた人だけが、主役なのか。と言えば、僕は違うと思っている。

選ばれた人はもちろん、人前に出て演奏をし、それを直接評価される立場になる。

けれど、一緒に練習してきた、選ばれなかった人がいたからこそ、その人が今その場所にいるのだし、その存在すら選ばれた人の音に加味されていくように感じています。

そして選ばれなかった人も、そこで終わりではありません。あなたの音楽はそこからも続いていくし、コンクールに出るメンバーをサポートし、応援するという大事な役割が残っています。舞台袖で、ステージの演奏を聴きながら心の中で一緒に演奏している。そして演奏が終われば即座そくざに飛び出していって撤収てっしゅうを手伝う。そんなメンバーの姿も、僕は愛おしいと思っています。

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