第6楽章 練習

「怒られない程度にそこそこ吹けて、楽しければ満足って考え方もある」

「練習すればもっと上手くなるでしょ」

「たくさん練習すればいいってもんでもないよ」


パートリーダーたちが集まって話している。


発端ほったんは、まもなく入学してくる新入生についてのリーダーミーティングだったのだが、いつしか「練習論」に発展はってんしているようだ。

神楽坂かぐらざかコーチはどうお考えになりますか」

フルートのパートリーダー、薫子かおるこが神楽坂をあおぐ。


「練習はした方が上手くなる、それは事実だね。だけど、やみくもにやっていてもなかなか上手くはならない。効率的な練習が必要だよ」


「そもそもなぜ練習が必要なのかという話になるが……」

神楽坂はパートリーダーたちの熱心な眼差まなざしに、いったん腰をかせて座り直す。

「君たち、自転車は乗れるだろう? 最初からそこそこ乗れた人もいるだろうし、補助輪ほじょりん付きで練習した人もいるだろう。だが、今はみんな上手に乗りこなしている。だから、いろんなところに行ける。さすがに補助輪の自転車で遠くにはいけないよね。今のように乗りこなせるようになったのは、どうしてだと思う?」

「練習したから?」

「うん、そうだね。それもまた正しい。でも、『練習しよう』と思って自転車に乗っていたのって、いつまで? 今でもまだ毎日自転車に乗る練習している人は?」

みんなは静かに首を振る。そうだよね、と神楽坂は言って話を続ける。

「練習して自転車に乗れるようになったら、その後は自転車を乗りこなせるように練習するんだ。でもその時間、練習しているという意識はほとんどない。なぜなら、乗りながら、レベルアップしていくようなものだからだ。最初は転ばずに前に進むことだけで精一杯だろう。それがいつしか、何も考えずに走れるようになる。そこからレベルアップしていけば、視野が広くなって次の信号が見えたり、道路の状況が見えたり、歩行者はいないかなとか、そういうところが見えてくる。そういう風に見えてくると子供が飛び出してきても、ブレーキをかけることができるし、より安全なルートを選んで走ったり、危険を予測したり、そういう良い運転ができるようになるんだ。

楽器も同じ。最初は音を出すことで精一杯。いつしか音階が吹けるようになり、曲が吹けるようになる。そこで満足する人もいる。けれどみんなは違うよね。吹奏楽部に入って、みんなと音楽を作りたいと思っている。そうしたら、音程が良くなるにはどう吹いたらいいのか、みんなと合わせるためにはどういう風に吹けばいいのか、自分が安全運転するだけじゃなくって周りの様子を見たり、感じたり、時にはアクションを起こしたり、そういうことが必要になってくる。

それなのに、楽譜を読むので精一杯、自分の音符を吹く事だけで精一杯だと、周りを見ることができない。周りの音を聴くことができない。あろうことか信号を見落として、p(ピアノ)と書いてあるのにf(フォルテ)で吹いてしまったりする。合奏という大通りをみんなで安全に進むために、一人一人が運転、つまり自分の演奏技術だね、それをそれぞれにレベルアップしていく。それが練習だと僕は思ってる。

みんなは今もっといい演奏をしたいと思って楽器を吹いていて、もちろんそれは練習ではあるけれど、補助輪でフラフラしながら一生懸命走っていた頃の練習とはまた違うだろう?」


♪―音楽用語―♪

p(ピアノ) 音の大きさを表す記号 小さな音で演奏する

f(フォルテ)音の大きさを表す記号 大きな音で演奏する


♪今日のワーク――――――――――――――♪

基礎練習や読譜、つまんないなとか、退屈だな、と思っていないかな?

基礎練習ができている人と、できていない人では、楽譜をもらって最初に吹くとき(これを初見というよ)のスタート地点で差がつくよ。

ステップとして、①音符を読む。②その通りの指使いをする。③正しい音が出る。④その場に会った音を出す。⑤周りの音を聴いて、調整する。⑥指揮者の要求に応える。ざっくりとこんな段階があるとして、今自分が①~⑥のどのステップにいるのかなって考えてみよう。

基礎練習がしっかりできている人は楽譜をもらった時点で③までできていることになる。だから、練習時間を「どんな音を出すか」ということに使うことができる。でも基礎練習ができていない人は音を間違えないように吹くだとか、指が回らないだとか、そういう練習に時間を費やす。

基礎練習は地味で退屈、そう思うかもしれないけど、スポーツで言えば身体づくりみたいなもの。筋肉がないのにいきなり大技をやるのは無謀だけれど、しっかり正しい筋肉をつければ、いろんな技に挑戦できるようになる。それに基礎練習だって楽しもうと思えばいくらでも楽しくなるよ。その話はまた今度。

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