第5楽章 間違い

清流せいりゅう学園の吹奏楽部員たちはみんな一生懸命練習する方だと思う。以前いぜんおとずれたことのある学校では、そもそも練習する気がない生徒ばかりでなにもかも1からという感じだったが、ここでは楽譜を読んだり、練習したり、そういうことは基本でそれぞれがやってくる。2・3年生の後輩への面倒見めんどうみもよい。


ある日の合奏を終え、帰り支度したくをする生徒たちの中に不穏ふおんな空気を感じて神楽坂かぐらざかは片づけをしているふりをしながら耳をすませた。どうやら、新入生が泣いているような雰囲気ふんいき。「おやおや…」内心ドキドキしながら、様子をうかがう。


先輩から怒られたのか、何かのトラブルか、と心配していたがどうやら杞憂きゆうだったようだ。「うまく吹けない」というような言葉がかすかに聞こえてくる。合奏のとき失敗したことを言っているようだ。(うん?)神楽坂は首をかしげる。(あの子、ちゃんと吹けていたよな?)「大丈夫だよ」というような声を2年生がかけてくれているようだったので、彼らに任せて、神楽坂はこの場ではあまり立ちいらないようにしよう、と思ってその場をはなれた。


次の合奏の日、さて今日はどうかなと思っているとくだんの生徒の音が極端きょくたんに小さい。おそらく、前回のミスを引きずっている。もったいないな、と神楽坂は思う。ちゃんと吹けているのに、ミスを怖がってしまう。僕にあまり音が聞こえないように吹いているのか、それとも、間違っても周りに迷惑をかけないためなのか。


とかく、子どもたちは間違うことを恐れる。

コンクールの後、間違えた、リードミスをしたと言って、ステージを降りたあと舞台袖ぶたいそでで泣いている生徒をたくさん見かける。確かに審査員しんさいんの耳にその音は届いたかもしれない。でもその子がひどい演奏をしたというわけではない。泣く必要はないのにと神楽坂は思う。

もちろん間違わず吹けることは悪いことじゃない。間違わず吹けることが前提ぜんていで、その上で表現をのせる、という考え方も確かにあることはある。「だけど、」と神楽坂は思う。音を正しく吹くことが音楽じゃない。表現が先でもいいじゃないか。正しく吹くことが目的であればコンピューターにでも演奏させておけばよい。音程だって正しくできるし音量だって正確だ。だが、プロの演奏者だって毎回全く同じようには吹かない。その時の周りのメンバーや指揮者のニュアンスによって演奏は変わる。同じ音でもその時になっている他の音との関係で高く吹いたり低く吹いたりもする。間違えないことを第一に考えて楽譜にかじりついていては、果たしてそれはいい演奏と言えるのだろうか??


コンクールで優劣ゆうれつがつけられるから、間違わないこと、たての線がそろう事、音量のダイナミクスがよりはっきりついていること、そんなことにばかり目が行ってしまっていないか……? 上手く聴こえる、テクニックが際立きわだつ、いわゆるステージえする曲ばかりになっていないか。コンクールでいい成績を出した学校が演奏した曲が翌年大人気になるのは、そういうことではないのか?(もちろん、いい演奏を聴いて、自分たちも吹いてみたい!という気持ちになることは否定しないが……)


間違えて怒られた経験でもあるのか。周りからめられた経験でもあるのか。誰でも間違ったことくらいあるだろう。もちろん僕も。だけど、それも含めて音楽じゃないか。生徒たちには純粋じゅんすいに音楽を楽しんでほしいんだよなぁ。神楽坂の挑戦はまだまだ始まったばかりだ。


♪今日のワーク――――――――――――――♪

間違えることを恐れて目立たないように吹いたり、していないかな?

pp(ピアニッシモ)で小さく吹くのと、自信がなくて小さく吹くのとでは聞こえる音が全然違うよ!

しっかり音を出せば音程や音の響きも安定するので、まずは間違ってもいいという気持ちで思い切って息を入れて吹こう!!それで間違えたり、音量が大きすぎると言われたら、そこはあとから練習すれば大丈夫!!

間違えると怒る先生もいるかもだけど、僕はあまり怒りません。それは、まだ練習の仕方が分かっていないだけかもしれないからね。練習すればきっとできるようになると思っているから。でも、全く練習していなくて吹けてないのは、わかるよ!

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