いとこのまま、恋人で......ね?
せんと
第1話【従妹で、彼女】
俺はいま、猛烈に後悔している。
真夏の炎天下の中。平日の昼間にもかかわらずろくに人も車も通りはしない、無駄に舗装された国道とは名ばかりの道を、ただひたすらに真っすぐ歩いている自分に、だ。
「......なぁ
「ん? どうしたの
「そのまさかだ」
隣でポニーテールと触角にも似た二本の前髪を揺らし、人懐っこい笑顔を向けて来るこいつ。彼女は俺とは世間の関係で言うところの
「歩いて30分の距離は田舎育ちのお前にとっては朝飯前かもしれん。だが都会のコンクリートジャングル育ちの俺にとってはサバンナも同然なんだ。いや、この暑さだと砂漠のほうが正しいな。俺の言ってる意味、分かるか?」
「へぇ〜そうなんだ〜」
「質問した俺がバカだった」
極度の暑さ・寒さは人を変えるとはよく言ったものだが、そこに年齢も付け加えよう。こんな殺人級の暑さの中を遊び歩いていたガキの頃の自分が到底信じられない。
かたや今年で18歳になる現役バリバリのJKでもある恵理那は、どうやらそんなガキの頃の自分寄りらしく。汗こそかいてはいるものの、辛そうな雰囲気は
「拓にぃは普段から部屋にこもりっぱなしなの。あんな寒いくらい涼しい部屋にいて逆に体調崩さないのがおかしいよ」
「慣れだ、慣れ」
「その言葉、そっくり返してあげる。拓にぃも夏が終わる頃にはこの暑さが恋しくなるって」
どことなくジメっとした夏の都会の暑さに比べて、田舎のほうはなんというか、カラっとした暑さだ。
音の響きだけを聞くと田舎のほうがマシに思える。が、実際は
「今からでも自転車取りに行くのは――」
「却下。それだとこうして拓にぃと手繋いで歩けないじゃん」
「本音を言わせてもらえば暑苦しいから嫌なんだが」
「酷ッ! 世間の男どもが泣いて喜ぶ、人によってはお金出してまでやりたいと思うJKと
の手繋ぎデートだよ!? 恋人だったら嘘でも素直に喜びを表現してよね!」
こいつは一体どこからそんなマニアックな情報を仕入れてくるのやら。
「普段は夜の散歩の時にしかねだってこないくせに。どういう風の吹き回しだ」
「ほら、これだけ暑いと近所の人とか知り合いに見つかっても、
「田舎の人間は暑さに強いんじゃなかったのか」
言葉を話せないヤツらに目撃されたところでなんの心配もない。
この地に引っ越してきてから早三ヶ月――年に四季の数程度に訪れるのと、腰を下ろして生活することのギャップに苦戦しながらも、そこそこ充実した日々を過ごしている。
*
「お~。
地元民から『コンビニ』と呼ばれ愛されている個人商店『
「もう、なに言ってんの
「ん? そうだったが? 最近物忘れが酷ぐでね~。忘れだわ」
「え〜、しっかりしてよね。ウチらにとってこのお店が無くなっちゃったらマジで死活問題なんだからさ。武市のおじさんにはできるだけ健康のまま長生きしてもらわないと」
「今時の若いおなごは年寄りにも遠慮がねぇな。でもおら、そういうの嫌いじゃないべ」
自分の孫の年齢に近い恵理那をいつものようにナンパ? する武市のおじさん。
俺が子供の頃に比べたらだいぶ顔のしわも増え痩せ細ってしまってはいるが、人と一切の壁を作らない軽快なトーク術は相変わらず健在だ。
「拓坊のほうはちょっと久しぶりだよな。どうだい? こっちの生活はもう慣れたけ?」
「ご無沙汰してます。そうですね、毎週食糧の配達してもらってるおかげで、なんとか」
「礼だら息子に言ってやってぐれよ。オラはもう配達は引退した身だがらさ」
「頭のほうはともかく、まだ身体は元気そうなのに車の免許返しちゃうんなんて
恵理那のヤツ、どさくさに紛れてなに失礼なこと言ってんだ。
「まぁ確がに、恵理那ぢゃんの言うごどにも一理あっぺ。でもな、人様に取り返しのつかねえごどしちまったら、生い先短えオラより息子のほうに迷惑がががっちまう。だったら多少不便だでも、オラは
「おじさんカッコいい~」
「恵理那ぢゃんのだめにもオラ、まだまだ長生ぎすっから安心してげろ」
と、小麦色に焼けた肌で力こぶを作ってみせた。
配達は引退しても野良仕事などで鍛えているのか、年齢の割に引きこもりの俺なんかと比べたら全然筋肉はありそうだ。
「ところで武市さんのおじさん、
「ああ例のもんな。ちょっと裏の倉庫まで取り入ってぐっから、待ってでくんな」
思い出したかのように手をぽんと叩き、武市のおじさんはレジカウンター内の椅子から立ち上がると、店の奥にあるバックヤードへと姿を消した。
店内は特にBGMがかかっているわけでもなく、強いて言えば天井から吹き付ける強めのエアコンの音と、旧式の冷ケースの爆音ともとれる作動音がその代わりといったところか。
シャッターも入り口以外全部塞がっているので、ここに来ると大学時代にやっていたスーパーの開店前の早朝バイトを思い出す。
「――ねぇ拓にぃ」
「ん? なん......だぁッ!?」
学生時代を懐かしんでいた俺の頬を現実が強烈にひっぱたいた。
一人しか呼ばないその愛称に反応し振り向くと、そこにはワンピースの
「おまっ......なにしてんだよ!」
「ふふ。驚いてる驚いてる」
「当たり前だろ! いいから早く下ろせ!」
武市のおじさんに気付かれないようウィスパーボイスで叱ってみたものの、すぐに無意味だと悟った。
「たまにはいつもと趣向を変えた恋の勉強もいいかな〜と思って」
「変態の勉強の間違いじゃないのか」
「最近、私の股関節の付け根にほくろが一個できたんだよね」
「聞けよおい」
「大丈夫だって。こんな田舎の個人商店に防犯カメラなんてあるわけないじゃん。だからさ――」
恵理那の姿をした
「確認してくれない? 私の身体の変化を知る権利、恋人の拓にぃにはあると思うんだけどなぁ〜」
「......」
アジュールブルーに黒のリボンと
背がスラッとし、それでいて男心を抑えた出るところは出た肉付きの良い身体は、同年代の男子なら場所関係無しにその場ですぐ被りついてしまうだろう。
だが俺は今年で28になった、三十路が目前に迫ってきたいい大人だ。
法律上では一応大人扱いにしてもJKのガキに主導権を握られてしまうほど
「言うこと聞いてくれないなら大声出してやる。「誰か助けて~! フリーの動画編集屋の冴えない親戚の独身男性が現役JKのワンピース姿に欲情して襲ってきた~!」って」
「なげぇよ。おまけにお前の大根芝居じゃ逆に信憑性疑われるわ」
「じゃあ試してみる?」
切れ長の目の挑発的な視線が俺を
都会だろうが田舎だろうが、男の言うことより女の言ったことのほうが無条件で信用されてしまうのが世の常。むしろ閉鎖的な場所に昔からいる人間は特にその傾向が高いといえよう。
ここは素直に従う他、選択肢はなかった。
一度バックヤードの扉の方を確認し、しゃがみ込む。
そして、恵理那の股間へと吸い寄せられるように、ゆっくりと顔を近づけてゆく......。
「んっ......拓にぃ、くすぐったいよ」
「黙れ
俺の鼻息が当たったのか、恵理那の身体が小さく強張った。すると次の瞬間、たくし上げていたワンピースの裾は下がり、一気に視界が暗闇に包まれた。
「えいっ」
「!? おい恵理那!?」
「シーっ。騒がないの。......どう? 興奮する?」
「なにがだよ」
言葉の真意がよく分からない。
「男の人って、女の子の汗の匂いにも興奮するド変態なんでしょ」
「またどこから仕入れた、そんな
おおよそ見当はつく。
多分、恵理那のヤツにいろいろと吹き込んでいる同級生で親友の真由ちゃんの悪知恵だろう。
恵理那が仕掛ける様々な悪戯まがいな行為の裏には、大体彼女の影がちらつく。
「で、感想は?」
「......暑い。息苦しい」
「......本当のこと言わないと今すぐ叫ぶよ?」
「......いい匂いがする」
「他には?」
「......」
今すぐ恵理那を押し倒したい――汗で湿ったアジュールブルーのレース地に顔を押し付けられ、俺のオスたる部分は下着どころか夏用ジーンズをも突き破りそうな勢いで感じていた。
この年代特有の女子が持っているいい匂いと、眼前から放たれる生々しい性の香りと、知り合いに見られるかもしれないという背徳的なシチュエーションの
ワンピースのスカートの中に手を入れ、恵理那の下着に手をかけようとした――その時。
「いやーあんぶねあんぶね! オラ店に出すものだど間違えで店内在庫のほうにしまっちまってだよー! 待だせぢまってごめんなー」
「いえ、大丈夫です」
「も~、おじさんしっかりしてよね~」
バックヤードの扉が開いた瞬間、俺はスカートの中からから緊急脱出し、二人揃って戻ってきた武市のおじさんと何事もなかったかのように会話を交わした。
「しっかし、お菓子を1ケース分も欲しいだなんて。懸賞にでも応募するんかい?」
「ああ、違います。恵理那のヤツ、家にこのお菓子を常備してないと機嫌が悪くなるもので」
「拓にぃ。そういうのは言わなくていいの」
「ハハハ。そういや恵理那ぢゃん、子供ん時がらウチ来だ時は必ずいづもこれ買ってだもんな」
武市のおじさんが抱えた段ボールから出てきたのは、塩味の効いた棒状のお菓子。
某有名お菓子メーカーのロングセラー商品のひとつで、体重を気にする年頃になっても恵理那は「甘い物じゃなければ太らない」を
「そんだがら配達じゃなぐでこの暑い中、わざわざウチまで取りに来だんかい」
「ちょうど荷物持ちもいるんで」
「そうげぇそうげぇ。二人ども相変わらず仲が良ぐでおじさん安心したよ」」
「ええ、まぁ」
そうだ。知り合いからみれば、俺と恵理那は単なる仲のいい従妹同士なのだ。
*
「バレなかったね、残念」
「なにが残念なもんか。他に客がいたら完全にアウトだったぞお前」
ビニール袋いっぱいに入ったお菓子を両手に持ち、再び灼熱の太陽の下、来た道を戻る。
できればクーラーが利いた店内でもうちょっと涼みたかったが、一刻でも早くあの場から逃げ出したかった。
「片方持とうか」
「別にいいよ」
「どうして? だってそこそこ重たいでしょ」
店を出る直前に買った棒アイスをもう食べ終わってやがる。こちとら途中で腹を壊すのが嫌で我慢したというのに。
「恋人に重たいもん持たせるわけにはいかねぇだろ」
「......そっか。拓にぃにしてはいい心がけだね」
そう言って恵理那は俺の片方の手からビニール袋を奪い取り、代わりに来た時みたいに手を繋いできた。
「こっちのほうが手が楽でしょ」
「......少しは人の目を気にしろっての」
「あ~目逸らした~。拓にぃってば恥ずかしいとすぐ視線を右斜め上に向けるよね」
「うるせえ。いいから真っすぐ歩け」
「は~い」
横顔から見える瞳の
夏の暑さで乾いた稲の
親戚同士にして、一応、恋人同士。
この秘密は、決して誰にも知られてはいけない......。
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