呪いの盾は、ちょっと重い。
井口カコイ
呪いの盾は、ちょっと重い。
「呪いの盾を取りに行きませんか?」
初めは呪いの盾などと呼ばれてはいませんでした。
とある遺跡に強大な力を持つ盾があるという噂が広がり、とある強力なパーティーが入手に挑みました。
しかし、その挑戦は失敗。
それを聞きつけた別のパーティーが挑戦するもまた失敗。
その後も多くのパーティーが挑戦するもついぞ成功することはありませんでした。
そして、彼らは口を揃えてこう言いました。
『誰もあの盾を扱いきれない……』
と。
多くのパーティーの心を折ったその盾は、そうして『呪いの盾』と呼ばれるようになりました。
私は僧侶ですが、回復職というよりも回復も出来る攻撃職というやや珍しい立ち位置。
私が呪いの盾を持つことで、前衛職である聖騎士殿の負担を減らしたい。
そう思ってパーティーの皆さんに進言したのがきっかけでした。
皆さんは他パーティーの失敗や、呪いの盾と呼ばれるほどの力の危険性を指摘しました。
「僧侶の私なら皆さんより呪いに抵抗がありますよ」
私のような前衛僧侶が入手に挑んだ前例はまだない。
「挑戦に失敗したどのパーティーにも大きな負傷はなかったと言いますし」
ただ、心を折られたという話は聞き、その悲惨な姿も見ました。
「しかし真に呪われたわけではなかったということですし、心の方も数日で立ち直っていたじゃないですか」
私の中で不安がないといえば嘘になる。
しかし、それ以上にパーティーの皆さんの力になりたいという思いの方が強い。
「僧侶さんがそういうのであれば」
そうして皆さんの同意を得て、私は呪いの盾入手に挑むこととなりました。
「遺跡……いや、忘れられた聖域か。かつては美しい場所であっただろうに」
祈りを。
どのような聖域であったかわからずとも、我が神は救い給う。
祈りを捧げるもの、救いを求めるものを我が神が見捨てることはない。
最奥。
ここから先は一人でしか挑めぬ。だが、私には仲間と神がいる。
何としても強力な盾を手に入れて皆さんのもとに戻ってみせましょう。
「大いなる神よ、我に邪なるものを払う力を与え給え」
いざ、参りましょう。
「神の子、僧侶か……」
「なんと! 盾でありながら言葉を発するのか」
強大な力を持つ装備は人格を持つと聞いたことはありますが、この声は女性でしょうか?
「我が力を扱うに相応しいか問わせてもらおう」
「いいでしょう。嘘偽りなく我が真心によって応えさせて頂きます」
「えっ!?」
ん、今の間は何でしょう。
盾が何やら変な声を上げたような?
「汝、何ゆえ我が力を望む」
「悪しきものを打ち払うために、共に戦う仲間のため」
「汝、悪しきものとは何ぞ」
「悪しきものとは、人を惑わし、堕落させ、世界を混沌へと導くもの」
「汝、神とは何ぞ」
「教えによって、人を救い、導き、世界を善なる世界に向かわせるもの」
「汝、仲間とは何ぞ」
「親愛なる隣人であり、支え合う友人であり、時に道しるべとなるもの」
「っ!?」
ふむ……またおかしな反応。
それまでの問いかけには淡々としていたように感じましたが。
「汝、最も大切とするものは何か?」
「愛……愛に全てを」
「……」
何も言わなくなりましたが、問いかけは終わりでしょうか?
「僧侶よ、我が身を取れ」
おぉ、呪いの盾に認められた?
後は、装備した際の呪いに私が耐え切るのみ!
大いなる神と親愛なるパーティの皆に感謝を。
行きましょう。どんな呪いでも負けません!
「フンッ!?」
ん?
何だこの手応えは。
「待ってましたよぉ!」
「は?」
「あなたみたいな人をずっと待っていたんですよぉ」
「えーっと? どちら様でしょうか?」
「私ですかぁ? さっきまで僧侶さんと話してた盾ですよぉ」
盾?
どう見ても人では?
「せっかくお話するなら、こっちの姿の方がいいかなぁって。嫌、ですか?」
「あぁ、えぇと嫌などということはありませんが」
軽い。とてもノリが軽い。
「本当の姿は盾なんですけど、こうやって人の姿になることもできるんですよぉ」
「そ、それはすごいですね」
「こう見えても強力な盾なので。えへへ」
強力な盾であることは間違いないようですが。
いやしかし、どう見ても可憐な女人にしか見えない。
「今まで来た人は私の力ばっかり見て、どうも信用できなくて……でも、僧侶さんならいいかなって」
「いいかな?」
「誠実そうで、嘘とか言わなそうで、何よりも愛が大切って言ってくれて」
「は、はぁ……」
「私、僧侶さんのこと……その」
何でしょう、この雰囲気は。
悪い夢?
「言わせないでくださいよぉ。僧侶さんなのにずるいですよぉ」
あぁ、我が神よ……助けて。
「さぁ僧侶さん、私の手を握ってください」
この乙女の手が盾の持ち手とでもいうのでしょうか?
「こ、これが呪いの盾……」
「え? 呪いの盾?」
なるほど、わかりましたよ。
「可愛らしい乙女の姿で使い手の心を乱す。これが盾の呪いの正体なのですね」
それならば辻褄が合う。
きっと悪魔が使ってくる幻術の類なのでしょう。
誰しもこの乙女の姿を見ながら戦いに集中することなど出来ません。
「呪いって何ですか?」
「ん? いや、それは貴方が強力な幻術で」
「いえいえ、呪いとか呪いの盾って私のことを言ってるんですか?」
「え? えぇと、忘れられた聖域には強力だが呪われた盾があると。その呪いの正体が貴方では?」
「呪い……そんなひどい。ひどいですよぉ!」
ひどく落ち込んでおられる。
僧侶であるにも関わらず、私は何と愚かしいことを!
「私、ただの盾ですよ! ちょっと人格があるけどそれを呪いだなんて」
あぁ泣き始めてしまった。
「た、大変失礼しました。これをお使いください」
「ハンカチ……ありがとう……」
ややこしいことになってきましたが、はてさてどうしたものでしょうか。
「あの私、外では呪いの盾なんて言われているんですか?」
「はい……強大な力を持つが誰しもが扱いきれぬと」
「扱いきれないかぁ……。ずっとこんな所にいた盾ですもんね。私、めんどくさいですよね……」
「そんなことはありません! 貴方が出てきた時、私はまるで女神とでも邂逅したかのような心地でした」
僧侶としては失格だ。
情欲にまみれた言葉だ。猛省しなければならない。
だが、彼女が可憐で見目麗しい乙女であることは事実である。
それならば、僧侶だとしても彼女を前にして嘘偽りの言葉を投げかける方が不実なのではないか。
「女神だなんて、私そんな見た目も心もきれいな人じゃないですよ」
「私は貴方と出会ってばかりで、貴方がどんな方もわかりません。ですが、貴方の純粋な想いは確かに感じますよ」
「僧侶さん……。でも、最初は僧侶さんのことを試すようなことをして」
「強大な力が悪しきものに渡らぬようにするためでしょう?」
「そんなすごいこと考えてなくて、優しい人がいいなぁと思っただけで」
「優しい人が良いと思う心で充分ではないですか」
「僧侶さんは本当に……優しいんですね」
うっ! かわいい。
いけない……危うく堕ちそうになりました。
「コホンッ……あなたが盾であっても、迷えるものを神の教えによって導くのは僧侶としての責務です」
「僧侶さんは、僧侶だから私に優しい言葉をかけてくださるんですか?」
「えっ!? あ、いや、どうなん、でしょうか……」
上目遣い……ぐぬぅ。
堕落しそう。
「ごごごごめんなさい。困らせるつもりはなくて私本当にずるくてめんどくさい盾で……」
「ずるくない、面倒くさくないものなどこの世に存在しないと私は思っています。問題はそう思った時、どうするかが大事なことではないでしょうか?」
私よ、こうやって悩みを聞き僧侶としての精神を取り戻すのです。
「私、いつも嫌われたくないとかずっと私のことを考えていてほしいとか思ってしまうんですよ?」
「皆から好かれたいとは当たり前のことです」
「友だちの魔剣くんにもその性格重いから直した方がいいって言われて、いろいろがんばってるつもりなんですけど」
「どうにかしたいと努力している。素晴らしいことではありませんか。」
忘れられた聖域に長く放置されて、人との距離感がわからなかったのでしょう。
最初こそは戸惑いましたが、神よ、こちらの盾に出会わせてくれたことに感謝を。
「うれしい」
「貴方を笑顔にすることが出来て私も嬉しいですよ」
「私、僧侶さんの力になりたいです! 改めて、私の手を握ってください」
大丈夫。
この盾とならどんな悪しきものでも打ち払えます。
決して呪いの盾などではない。
「ところで、ずっと人の姿のままなのですか?」
「だって周りに敵とかいませんし」
それはそうですが。
可憐な乙女と手をずっと繋いでいるとは僧侶的に如何なものか。
「嫌、でしたか?」
「とんでもない。ですが、パーティーの仲間の所に戻ろうと思うので」
「もう行っちゃうんですかぁ……。私、僧侶さんともう少しふたりきりがよかったなぁ」
「貴方と出会えたことも素晴らしいですが、私たちの本分を忘れてはいけませんよ?」
「そっかぁ。そうですよね。僧侶さんのお仲間の方に挨拶できるの楽しみだなぁ」
ちょっと待ってください。
「挨拶する? それはどちらの姿で?」
「人型の方が親しみやすいかなと思ったんですけど」
それはちょっとまずい気が。
だって、私のような僧侶と乙女が手を繋いで出てくるのは罪では?
僧侶としての力というか、私の人間的な何か失うのでは?
「ごめんなさい! やっぱりダメですよね! ごめんなさい、ごめんなさい」
「いやいや、そんなことはありません。どどど堂々としていれば良いのです」
そうです。
やましいことなど何もないので堂々としていれば良いのです……多分。
「僧侶さん、嫌なことは嫌ってきちんと言ってくださいね。私直しますから、嫌いにならないでくださいね」
「嫌いになんてなりませんよ」
私は盾を取りに来たはずだったような。
「あと、僧侶さんの好きなものも教えて下さい! 好物とか趣味とかいろいろ知りたいです!」
どんどん、来る。
盾なのに攻撃力高い。
「料理には自信あるんですよぉ。いつか僧侶さんの好物も作っちゃいますよ! って、あ……」
今度は何?
「ごめんなさい。また私僧侶さんのことを考えずに一人で突っ走って、自分勝手で」
「そ、そうですね……まだ私たちは出会ったばかりなのですからもう少しゆっくりと歩み寄りたいというか」
「ごめんなさいごめんなさい。重い盾でごめんなさい。だから嫌いにならないで」
「な、なりませんよ。貴方のことを大事にしますよ」
「一生、大事にしてくださいね……約束ですよ」
私はこうして強大な力を持つ盾を手に入れた。
しかし、私の左手に握られた盾はいろいろな意味でちょっと重い。
呪いの盾は、ちょっと重い。 井口カコイ @ig_yositosi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます