イライラ

ユウ

SCENE

SCENE1 河川敷

イライラ①


 最近、一日中イライラしてる。



 これと言った原因がある訳じゃない。



 強いて言うなら原因がない事が原因って感じ。



 一昨日と同じ昨日。



 昨日と同じ今日。



 今日と同じ明日。



 代わり映えしない日々。



 どんだけイライラしてたって何の変化もない。



 だから余計にイライラする。



 平日は、会社に行って仕事して。



 帰ってきたら適当に掃除とか洗濯して夕食作って。



 夕食を食べたあとはお風呂に入って、ちょっとテレビ見てから就寝。



 ずっと同じ。



 もう何年もこの生活。



 週末だって毎回同じ。



 平日よりも遅めに起きて、午前中はボーッとして。



 午後からは平日に出来ない用事を片付けしたり、がっつり掃除したりして。



 ちょっと休憩挟んだりしてたらあっという間に夕方で、晩ご飯の買い物行って、作って――。



 毎週末こんな感じ。



 もう何年も。



 いい意味でも悪い意味でも何の変化もない。



 彼氏はいるけど高校生の時から付き合ってるから七年越しで、今更トキメキなんてありゃしない。



 その上、同棲して三年も経ってるから、マンネリ化してるって言っても過言じゃない。



 そりゃ確かに、同棲を始めた当初は多少トキメキに似たワクワク感はあったけど、そんなのは三ヵ月もしないうちに消えちゃった。



 代わり映えしない毎日の繰り返しが本当に嫌になる。



 ドキドキもワクワクもない毎日に辟易へきえきする。



 ただ、そんな風に思ってるのはあたしだけ。



 彼氏は、この代わり映えしない毎日に何の不満も持ってないらしい。



 まあ元々、何かに不満を持つような人間じゃないけど。



 時々、本当に同じ人間なんだろうかって疑問に思うほどボーッとしてる奴だから。



「……人生って何なんだろ……」


 溜息と一緒に出た言葉を、どういうつもりで出したのかは自分でも分からない。



 独り言なのか、誰かに向けてのものなのか。



 この場合「誰か」っていうのは、隣を歩いてる「彼氏」なんだけども。



 土曜の夕方。



 いつもと同じ、夕食前の飼い犬の散歩。



 犬の散歩の時間は平日も週末も関係なく、夕食前って決まってる。



 散歩のコースもいつも同じ。



 近所にある河川敷を、彼氏とブラブラ歩くだけ。



 車とかバイクは通れないから小型犬の散歩をしてる身としては安全でいいとは思うけど、長閑のどかな景色を見飽きた感が否めない。



 飼い犬のキティは、一年間も毎日同じ散歩コースを歩いてる事に飽きたりしないんだろうか。



 犬にはそういう感覚ってないんだろうか。



「まだイライラしてんの?」


 人間なのに感情の起伏が殆どない彼氏が、のほほんとした口調に半分笑ったような声で聞いてきた。



 あたしの哲学的発言がイライラから来てるんだって事も、その原因であるイライラの理由も知ってんのに笑っててムカつく。



 笑える部分なんて一ミリもありゃしないのに。



「まだも何もイライラが消える要素全然ないじゃん! 毎日毎日同じじゃんか!」


「まあ、そうだな」


「そうでしょ! 昨日何したかなって考える事ってないからね! だって考えるまでもなく一昨日と一緒だし! ずっとずっと一緒だし!」


「まあ、そうだな」


「そうでしょ! そうやって同じ事の繰り返しばっかだったら、人生って何なのって思って当然でしょ!?」


「そういうもんか」


「そういうもんよ! 何にも感じないあんたの方がおかしいの!」


 八つ当たりだって分かってるけど、自分じゃ止められない。



 刺々しい言い方も、「ふんっ」って感じでそっぽ向く動きも。



 でも悪い事したなって思うのはほんの数秒。



 横目でチラリと確認したら、彼氏は全く気にしてない様子で「そういうもんか」って呑気な声出してる。



 いっつもそう。



 何を言っても平然としてる。



 こっちが感情的になって酷い事を言っちゃっても、意に介さないって感じでのほほんとしてる。



 もしかしたら、あたしの言葉が通じてないんじゃないかって屡々しばしば思う事もある。



 付き合いが長いけど、怒ってるところも取り乱してるところも見た事ない。



 コイツは人として必要な感情の回路が、いくつか足りてないんじゃないだろうか。



 八つ当たりしても根本的な原因は解消されてないからイライラが消える事はなくて、ズンズン歩いていきたい気分だった。



 だけどキティが足を止めたから、リードを持ってるあたしは否応なしに足を止める羽目になった。



 キティが電信柱の周りをクンクン嗅いでる。



 ウンチする気満々だ。



 キティがウンチする場所もいつも一緒。



 赤いペンキで書かれた、英語の短い文章の落書きがある電信柱の下。



 犬の習性みたいだから仕方ないのかもしれないけど、たまには違う場所で用を足してみようとか思ったりしないんだろうか。



 ていうか、前から思ってたけど、電信柱のこの落書きって、誰がどんなテンションで書いたんだろう。



 だから何だ感が否めない。



 公共の物に落書きしようと思う気が知れない。



 てか、それより何よりとにかく寒い。



 やってらんないくらい寒い。



 冬は寒いって何のつもり。



 暑い冬があってもいいじゃん。



 嗚呼、ダメだ。



 何かにつけてイライラする。



 どうでもいい事とかどうしようもない事にイライラしてもしょうがないのに。



「スコップと袋ちょうだい」


 腰を落としたキティが、後ろ足をプルプル振るわせ始めたから、彼氏の方に手を差し出した。



 これもいつもの事。



 キティが用を足したあとの始末をするのはあたしの係。



 彼氏はスコップと袋を持つ係。



 キティを飼ってからずっと変わらない。



――なのに。



「俺、持ってきてないよ?」


 何やらかしてんだ、この大馬鹿野郎は。



「はあ!? 今、何て言ったの!?」


「うん? だから持ってきてないって」


 強めの言い方で聞き返しても、彼氏はのらりくらりと返事する。



「あんた、マジで言ってんの!?」


「うん」


 ボーッとしてるから忘れたくせに、悪びれる様子なんて一切ない。



 ムカつく。



 何でコイツは、こうも火に油を注ぐような事をするんだろうか。



「何やってんの! 何で忘れんのよ! 日課すら覚えらんない頭してんの!?」


「忘れた訳じゃないよ。持って来なかっただけ」


「それって、わざとって事!?」


「うん」


「何でよ!」


「たまには違う事してみようかなって」


「はあ!?」


「同じ事の繰り返しでイライラしてるって言うから、違う事してみようかと」


「あんたバカでしょ! 正真正銘のバカでしょ! バカでしょって言うか、バカだよね! 確実に!」


「んー、頭は悪くないと思うけどなあ。高校の頃の成績も学年三位以下になった事なかったし、大学の頃もA以下取った事ないし。製薬会社の研究所で働けてるのも頭がいいから――」


「そういう意味で言ってんじゃないの! 人としてバカだって言ってんの! そんな事も分かんないからバカだって言ってるって何で分かんないの!? 大体、キティのウンチ入れる袋とスコップ持って来なかったからって、あたしが『あっ、いつもと違う。嬉しい!』って思う訳ないでしょ! もしそう思うって思ってたんなら、あんた全然あたしの事分かってないから!」


 ずっと抱えてたイライラが爆発したって感じで、周りの目も気にしないで大きな声を出してた。



 河川敷は、人通りは少ないけど、誰もいない訳じゃない。



 十数メートル前を歩いてたおじさんが驚いたように振り返ったし、随分後ろの方にいるふたつの人影も驚いたように足を止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る