魔導書 弐
四日ぶりの大学。村へ調査しに行って、怪異に襲われて、葬儀をして、色んなことが起こりすぎてまだ日常に戻れない気分でいた。久しぶりの大学は、どこか懐かしく温かみを感じさせた。友達がいるわけではないが、いつも通りがここにあると思えるだけで、少しだけ生きる希望が持てる気がしてきた。
よし、と気合を入れて目的の場所へ向かう。睦美から前にサークルの場所を聞いていたから、部室の場所は知っている。確か大学構内のほとんど使われていない空き教室だ。普段いかない棟の隅にある教室。
棟の入り口には人が沢山いたのに、部室の前に来ると一気に静まり返っていた。心なしか少しだけ寒気を感じる。以前は幽霊なんて信じていなかったが、あんな出来事が起きた後だ。信じるようになってしまったせいなのかもしれない。
扉を開けると、やはり誰もいない。カーテンが閉められているせいで、中はかなり暗かった。電気を付けようと、壁にあるスイッチを何度も押すが反応がない。カーテンから漏れるわずかな光を頼りに窓の方へ向かった。
カーテンを開くと、ようやく中の様子がハッキリと見えるようになった。別に特に変わったところはない。黒板、机、教壇、よくある物はあるが、サークルの物は置いたままではないようだ。
少しでも早く真実に近づきたくて朝からやって来たのに、なんだかガッカリしている自分がいる。
”焦る気持ちは分かるけど、そんなんじゃ見えるものも見落としちゃうよぉ?”
ふと、以前梅貝さんに言われた言葉を思い出した。そうだ、焦っちゃだめだ。特にないってすぐに決めつけないで、もっと慎重に調べてみよう。
そうだ例えば、机の中だ。僕は数多くある机の中を一つ一つ調べた。だがどれも空っぽで目ぼしいものはなかった。机の上も調べたが、何か書かれている形跡などもない。
次は教壇の中だ。チョークや黒板消しは置いてあるがそれ以外は特にない。黒板は綺麗になっており、サークルのメモなどは張られていない。
・・・まだだ。調べていない場所があるはず。僕は冷静になって、教室を見渡した。そこである場所を調べていないことに気が付いた。
カーテンの裏だ。僕は再び窓に近づき、教室の奥から順に調べていった。
「あった!!」
それは僕が最初に開けたカーテンの裏側に隠されていた。灯台下暗しとはまさにこの事だろう。
「本?」
少し分厚い本で、かなり古びている。しかもタイトルらしき部分には、奇妙な文字が書かれていた。
「
僕は自分で呟いた言葉にぞっとした。その文字は今まで見たこともないし、ぱっと見読むことなんて不可能なのに、なぜか読むことが出来たのだ。どこか懐かしさを覚える文字は、触れてはいけない思い出してはいけないと本能に訴えかけてくる。
これは読まない方が良いのか?だけど睦美の事と関係があるかもしれない。
僕は一旦考えたが、その本を教壇に置いた。一回梅貝さんに相談してみよう。電話を掛けようと思い教室から出ようと扉の前に来た瞬間、後ろの窓から強風が吹いてきた。
ごぉぉぉぉ・・・と大きな音を立てる風はパラパラとページを捲り上げた。やがて風が止むと同時に、本はあるページを開いたままとなった。まるで読まないとここから出さないぞという意志を感じられる。
ゆっくりと教壇に置かれた本を覗き込む。タイトルと同じく、見たことのない言語で書かれており、本来は読むことが出来ないはずだ。なのに・・・理解ができる。
内容はにわかに信じがたいが、今回の事件に関係があるかもしれないものだった。一言でいえば、神の眷属を召喚する儀式の手順だ。
- まず大勢の者が、言霊の力を利用して無意識を具現化せよ。
- 言霊に詳細な命を吹き込め。物語を創り、より言霊同士の力を密接にせよ。
- 言霊によって作られたものを象徴する像を作れ。
- 像に言霊を吹き込め。まず像の近くで眠りにつき、眷属を迎えに行け。
- 言霊に接触し、現へと案内せよ。この時一時的に肉体は言霊と共有する。
- 眠りから覚め、言霊を肉体から像へ移し替えよ。
内容はざっとこんな感じだ。読むにつれて、段々頭痛と吐き気が催してくる。これ以上は理解をしてはいけない。触れてはいけない。僕はいつのまにか本を閉じて、しゃがみこんでいた。
なんだ、なんだんだ。神の眷属って・・・。もしかしてこの前のあの怪物が、神の眷属なのか?だとしたら納得だ。こんな気持ちが悪くなる魔導書らしい、気持ち悪い怪物なんだから。
「おい、誰だあんた」
教室の扉の方に、一人の男が立っていた。ポニーテールの若い男。まずい、サークル仲間の一人かもしれない!
逃げようと立ち上がるが、ふらふらとした眩暈に覚束ない足では走っても追いつかれるだろう。
「す、少し迷ってしまって。保健室はどこでしょうか?」
とにかくこの場を切り抜けるために、嘘を吐いた。
「・・・あんたその本読んだな?」
「いや、そこに置いてあったけど読んではいないです」
「下手な嘘吐くの止めろ。正直に言え。読んだな?」
「・・・はい」
これは確実にバレている。どうしよう、すべてを話すべきだろうか?でも、この本を知っているという事は事件に関与している可能性がある。迂闊に話すことは出来ない・・・!
男はため息を吐くと、僕に近づき教壇の上にあった本を取った。
「そんなに警戒しなくても、何もしない。気分悪いなら椅子座っとけ」
椅子を僕の近くに置いてくれたので、お言葉に甘えて座らせ貰った。少しだけ眩暈は収まったが、まだふらふらする。
「その本、何なんですか?」
「それ以上知ろうとしたら、気分悪くなるだけじゃ済まないぞ」
「ぼ、僕オカルトに興味があって・・・それでこの部室に来たんです。その本、本物の呪物か何かなんですか?」
オカルトに興味のある新入部員という体で、この場を上手く切り抜けよう。これなら、ここに居たことも自然だ。
「新入生か?俺はオカルトサークルに所属しているが、サークルの奴とはほとんど話をしていない。俺は独自で調べたいことがあるから、基本単独行動している。オカルトに興味があるなら、他の奴に詳しく聞け。本については、もう一度言うが”気分が悪くなるだけじゃ済まないぞ”・・・警告だ」
くそ、この人口が堅そうだ。梅貝さんなら上手く聞き出せたりするんだろうけど・・・。こうなったら、せめて他の奴らの居場所を探れないか?
「そうなんですか?他の皆さんはどこに?」
「さぁな。俺はあいつらの連絡先すら知らないし、どうしているか知る由もない。明日にでもここに来るんじゃないか?」
明日になっても、サークルの人たちは来ない。次の村へ村へと向かっているんだから。どうする・・・?正直に話すか?この人は何も知らなさそうだし。いやでも、本当は知っていて僕を試している・・・?
「・・・俺は戸田薫だ。あんた名は?」
「桜田伊吹です」
「桜田、お前の目的はなんだ?」
「で、ですから、オカルトに興味があってサークルに入ろうと・・・」
「じゃあ何で、この部屋に入った?カーテンは閉めてあったし、誰もいないのは分かっていたはずだ。普通誰もいないと分かったら、その場を立ち去るだろ?」
「・・・!!」
しまった。その通りじゃないか!この人の洞察力の前に、僕の嘘は意味をなさない。僕は一種の悟りに近り諦めを感じ、正直に話すことを決意した。
「なるほどね・・・朝霧が・・・」
「睦美を知っているんですか?!」
「一応顔だけは。さっきも言った通り、ほとんどサークルの奴とは話をしていない。正直俺にサークルメンバーの事を聞かれても困る」
「そ、そうですか・・・」
「だがサークルの奴が俺の本を黙って借りて、良からぬ事をしているのは分かった。少しだけなら協力してやる」
「ほ、本当ですか!!?」
「この本について知っていることを教えるだけだ」
存在しない祠が出現した村 即興 @Sokkyo_Writer
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