一八日目 ミッション報酬


『おはようございます! 今日の夕方から雨になりますよ! 収穫物の再配置が完了しました!

漂流物:7』


「ふぁ、おはよう声の人……って雨かぁ……」


漂着してから一度も雨が降らなかったから、もしかしたら降らないのかなぁと思っていたんだけど、ここも一応降るみたいだね。

今は物凄い晴天だし、僕とシーラちゃんのベッドも小屋の外に出しっぱなしだけど、これは今日中に小屋の建て替えをしないと駄目だね。流石に雨の中外で眠るのは避けたいし。

小屋の中で休んでいる二人と、今は砂浜に打ちあがっちゃって動かせないらしいラボの中で眠っているおばばさんは大丈夫だろうけど、僕とシーラちゃんはずぶ濡れになっちゃうよね!

あと椰子の木が4本になってる! 木材が沢山採取できるよ!


「あ、そう言えば畑は!?」


僕の隣で眠るシーラちゃんを起こさないようにベッドから降りて、裏の畑を確認する。


「うわ、もっさり生えてる!?」


一区画に麦を1粒しか植えていないのに、それはもう沢山麦が生えている。

しかももう収穫できる黄金の麦穂になってる。


「お芋はまだ葉っぱのままだね。蜜柑は、まだ若木もいい所だ」


お芋と蜜柑は2日と4日かかるって、声の人が言ってたしね。

収穫できるのは明日以降かな。


「麦は収穫したらどうなるんだろ?」


とりあえず、稲穂ごと【錬金術】に取り込んで、根っこの部分を残して収穫しておく。


1区画部分の麦が無くなったら、そこだけ普通の土に戻ったよ。

これは毎回耕して種を植えないと駄目な奴かな?

まぁ、全部に植えても、もう大量に麦があるんだけど……。


「とりあえず、麦だけ樽にでも放り込んでおこうかな……藁は……使い道が色々あるから別にしておこう」


これからベッド作りもあるしね。

敷き藁で寝床を作ってもいいんだけど……せっかくだから繊維を取って布にしちゃおうかな?


「うん、決めた! 全部布にします! ついでに椰子の木も伐採して、繊維にできる部分は全部繊維行きです! ……漂流物は全部船の残骸かぁ。これも木材に加工し直して、今日はお家の拡張だね!」


というわけで、いつもの朝のお仕事の方向性を決め、朝ごはんの準備をしながら、【錬金術】でいつもの加工を同時並行です!

もう慣れたものだね。

朝ごはんの仕込みをしながら【錬金術】はちょっと行儀が悪いと思うけど、はお師匠様もよくやってたし、人手も足りないし、誰も見てないからまぁいいよね!


「何度見ても坊主の【錬金術】はおかしいのぉ」

「……そうですね」


と思ったら、おばばさんとレンジさんがジト目で見てた!?


「おはようございます。起こしちゃいましたか?」

「いや。儂は薬の調合をしとってたでの。それに老人は朝が早いものじゃ」

「物音が気になって見に来たが……まぁ、いつもの事だったよ。食事の準備を手伝おう」

「助かります」


おばばさんとレンジさんに朝食の準備をお任せできたので、【錬金術】に集中できるね。


「レンジさん、もう一人の方は?」


今日お家を加工する旨を伝えつつ、女の人……お姫様がお目覚めになったか聞いてみたけど、レンジさんは目を瞑り首を横に振る。


「そろそろ目覚めてもおかしくはないと思うのじゃがのぉ。まぁよい。増築の時は外に寝かせればよかろう。沖にでも行かない限り、この島は安全じゃ」


そうですね。

沖の方に物欲しそうに泳いでる鮫さんの背びれが沢山見えますしね。


というかあの背びれ、最初の頃の鮫さんより明らかに大きいよね?

沖の方は水深が深いのかな? 僕は絶対行かないけどね!


「メガロドンはこの島を護っていると伝えられてるからのぉ。もっともあ奴はこの海域のどこにでも大量にいるのじゃが」

「僕なんか美味しくないと思うんだけどなぁ……」

「奴らにとっては人の肉なんぞごちそう以外の何ものでもないぞ?」

「怖いなぁ」


大きな鮫の背びれに見守られながら、椰子の木と麦、綿を処理していくよ。


「……何度見ても、俺の知ってる錬金術じゃないな」

「儂の知ってる錬金術はもっと小ぢんまりとしていたぞ。当時の錬金術師に、試験管や鍋は必須と聞いたのじゃが」

「普通に空中で加工していますよね……」

「あり得んのぉ」

「ああ、これですか? 空気の層を試験管や鍋に見立てて行う、お師匠様直伝の技法なんですよ」

「お前さんの周囲は魔境か何かじゃないのかい?」

「王宮錬金術師でも、こんな芸当をできる者はいませんでしたが……」


目の前をふよふよと浮かんで積み上がっていく木材や、藁で編みこまれて完成した袋に詰め込まれて行く麦を見て、おばばさんとレンジさんが呆れたようにため息をつく。


「もちろん僕の知っている錬金術師の人達は普通に使えますし、僕の10倍は同時に処理しますよ?」

「やはり魔境じゃのぉ」

「噂に聞く七賢人でもない限り、そんな芸当ができるとは思えないが……」


七賢人ってどっかで聞いたことがあるなぁ。

お師匠様が確か、そんな呼ばれ方をしていたような気がする。

でもあのお師匠様がそんな凄い人だとは思えないんだよね。

確かに錬金術師としては天才的だけど、生活能力は皆無だし、錬金術師のお仲間さんに性格が最悪って言われてるし、無駄に半裸で室内をうろつくし……。


うん、きっと気のせいだよね。


「坊主、飯の準備が出来たぞ。いい加減馬鹿娘を起こしてきてもらえんか?」

「はい。僕の方も終わったので呼んできますね」


朝の分の錬金作業も終わったし、ご飯を食べたら畑仕事とお家の拡張だね!


「シーラちゃーん、ご飯だよー、起きて―……って、わっ!?」


玄関近くの料理場から、裏手のベッドに向かったら、いきなりシーラちゃんに引っ張られて、そのままどんもりうってベッドに倒れ込んだ。

ギュッと頭を抱えられて、全然息ができないけど、なんかふんわりして幸せな感じだね!?


「でも放してよシーラちゃん、死んじゃうよ!?」

「むー。なんで起してくれないのよぉ」

「そんな事言われたって、むぎゅ!?」


じたばたする僕を、腕と脚を使って羽交い絞めにして、なんか文句を言うシーラちゃん。


「だ、だって気持ち良さそうに眠ってたし……」

「だからって放置されると寂しいの! それにちゃんと起こしてくれたら、アンタと一緒にいられる時間も増えるし……」

「ちょっとシーラちゃん!?」


そう言いながら、なんかもじもじしつつ、僕のズボンに手をかける。


「駄目だよ!? おばばさん達が待ってるよ!?」

「ちょっとくらい待たせておけばいいのよぉ」

「よくないよ!? 全部丸見えだよ!? ああもう、シーラちゃん力強すぎる!?」

「だれが馬鹿力よぉ~? ウリウリ、ほらもう、こんなになってるじゃない?」

「そりゃこんな風にされたら誰だってなるよ!?」


力は全く優しくはないけど、可愛い女の子に羽交い絞めにされたら誰だってそうなっちゃうんだよ!?


「……悪戯のつもりだったけど、なんか興奮して来たかも」

「今は駄目だって! 絶対おばばさんが見に来ちゃうよ!?」

「その時はその時よぉ。うっふっふ、それじゃご飯の前にいただーきまーす「ごん!」ってあいた!?」


危なく捕食されちゃうところだった僕を助けてくれたのは、もちろんおばばさん。

なんか物凄ーく痛そうな瘤のある杖で、シーラちゃんの頭をごつんとしたみたい。


「ち、ちょっとおばば、なんてコトするのよ!?」

「それはこっちの台詞じゃ! 朝からなにを盛っておる! この馬鹿娘が!」

「ほ、本気の訳ないでしょ!?」

「坊主の坊主イチモツを離してから言え!」

「え? きゃっ!? ちょっとなんでアンタ、下半身裸なのよ!?」

「シーラちゃんが脱がしたんでしょ!?」


なんか真っ赤な顔になって、枕でボスボスしてくるシーラちゃん。


「マーメイルは一度スイッチが入るとああなるのじゃ。坊主も気を付けよ」

「はい、ごめんなさい……」


パンツとズボンをはき直している間、何故かおばばさんが舌なめずりしていたけど、気付かなかった事にして急いでレンジさんの所に飛んでいく。


「……お前も大変なんだな」

「あはは、楽しいですよ?」


薪をくべながら、レンジさんが憐れむように僕に言ってくる。


「小屋の拡張の時は、個室はもちろん、防音を考えた方がいい。小屋を使わせてもらっている身で言うのもなんだが、あの調子で夜に騒ぐと筒抜けだぞ」

「……はい、頑張ります」


防音素材のあてはあるし、魔力が尽きる前にちょっと作ってみようと思う。

その前にご飯なんだけど……。


「し、シーラちゃん、しがみ付かれるとご飯が食べづらいよ?」


左側をがっしりホールドされ、片手しか使えない状態でご飯を食べるのはちょっと大変なんですけど?


「あたしが食べさせてあげてもいいけど?」

「恥ずかしいからいいよ……」

「……むー!」


僕が断ったら、シーラちゃんがむくれて僕の腕にしがみ付く。

なんか左腕がミシっと言ってるから、ちょっと手加減して欲しいなぁ。

感触は最高なんだけど……はい、ごめんなさい。


結局ご飯が終わった後も、シーラちゃんがしがみ付いたままだったので、片づけはおばばさんとレンジさんがやってくれた。


「お前さんはこれから大仕事が待っておるのじゃ。ゆっくりしておれ」

「俺は姫を移動させる。裏のベッドを使わせてもらっていいか?」

「あ、はい、大丈夫ですよ。ちょっと移動させてありますし、ちゃんと【清潔クリーン】もかけてあります」

「感謝する」


レンジさんが小屋から姫様を運び出し、やっぱり目覚めていないのをちらりと確認する。


「まだ目覚めないんですね……」

「それだけ消耗が大きすぎたのじゃよ。むしろ命を繋ぎ止めた事が奇跡。まぁ、代償は計り知れないがのぉ」

「え、そ、そうなんですか? どこか後遺症が残るとかです?」

「女として致命的な奴がのぉ……」


おばばさんがどこか遠くを見て、呟くように言う。

それを見て、何故かシーラちゃんが悲しそうな顔をして、僕の腕にギュッとしがみ付いた。


僕の【錬金術】の後遺症というのなら、僕が責任を取らないといけないよね。

どんなものかは教えてくれないから分からないけど……。

姫様がお目覚めになったら、それとなく聞いた方がいいかな。


「坊主よ、昨日の図面はここに置いておくぞ」

「はい、ありがとうございます」


おばばさんが小屋から少し離れた所に配置した机の上に、小屋の図面図を置いてくれる。


「シーラちゃん、危ないから流石に離れてね?」

「……分かったわよぉ」


流石に真剣にお願いしたら、シーラちゃんが渋々と離れて、代わりにおばばさんにしがみ付いた。

苦笑しながらシーラちゃんの頭をぐりぐり撫でるおばばさん。

おばばさんの見た目が若々しくなっちゃったのもあって、本当に母娘にしか見えないなぁ。


「……なによ?」

「いつまでもお母さんを大切にね?」

「言われておるぞ馬鹿娘? ちなみに腕が折れるからもうちょっと力を緩めよ」

「わ、分かってるわよ、もう!」


シーラちゃんが僕にベーッとして、そのままおばばさんにぶら下がるようにしがみ付いて、おばばさんと一緒に砂浜に座る。


「こちらももう大丈夫だ。いつでも始めてくれ!」


姫様の眠るベッドの前から、レンジさんが大きく手を振ってる。


「それじゃ、始めますね! まずは元の小屋を解体してっと……」


漂流してからお世話になった小屋を、一度木材に再構成して積み上げる。


「次は土台と柱だね……ええと、図面通りだと、こんな感じかな?」


機能みんなで話し合って決めて用意した図面の通りに、土台と柱を並べる。

地面の一部と柱の固定にはコンクリートを使って固めて、水はけのいい感じにしておく。


「ねぇ、あの丸い筒みたいなのはなぁに?」


その作業が気になるのか、おばばさんと一緒に少しだけ近づいてきて、僕の作業を眺めていたシーラちゃんが、コンクリートで作った筒を見て首をかしげる。


「ああ、それ? 配管用の管だよ。お家を大きくするなら、排水処理も用意しようかなぁって」

「はい、かん? なにそれ?」

「台所作業の汚水とかをわざわざ捨てに行くのは面倒くさいじゃない? だから排水が海に流れるように配管をしようかなって。それで屋根の上に給水タンクを作って、水を引こうと思ってるんだ」

「そんなの魔法で何とでもなるんじゃないの?」

「なるけど、魔力をいちいち消費していたら持たないし」

「まぁ、そうねぇ」


僕にしてもシーラちゃんにしても、魔力が無尽蔵にあるわけじゃないしね。

なんだかんだで、大きな【錬成】の後は魔力が尽きて死にそうになってるし。


「今日は雨らしいし、壁と屋根までは作っちゃいたいんだけど、こういう配管は後から付けると大変だから、先にやっておかないと」


というわけで、台所とお風呂、あとはトイレに配管して、そのまま海の方に延ばす。


「あんまり見た目が良くないなぁ……」


丸い感がむき出しに伸びているのはちょっとアレなので、砂の中に埋めて、排出口のあたりもコンクリで固めておくよ。

島がまた大きくなったら、海岸線が遠くなる気がするけど……まぁ、10人なんてそうそう増えないだろうし、今はいいかな。


「とりあえず一階部分はこんな感じかな」


柱と土台を組み上げて図面と照らし合わせてみる。

【錬金術】で確認しながらの作業だし、傾いたりはしていないと思うけど……。


「うん。大丈夫みたいだね。それじゃ、壁を作る前に家具を運び込んじゃおう」

「あたしに任せて!」

「俺もやろう。錬金術師殿は少しでも休んでいてくれ」

「え? でも……」

「仕事は任せておけ。錬金術師殿にはまだ作業が残っているだろう?」

「そうですね……それではお願いします。シーラちゃんも頑張って!」

「これくらい楽勝よ!」


力持ち二人が、小屋から運び出した家具をひょいひょい運んでいく。

レンジさんは騎士で鍛えてるから当然だろうけど、それに負けない働きぶりのシーラちゃんはホント力持ちだなぁと思う。


「まぁ、力があっても燃費と頭が悪いがのぉ」

「今日も40匹くらい魚食べてましたしね」

「う、うるさいわね! 二人ともちゃんと働きなさいよ!?」

「儂等は頭脳労働専門じゃからの!」

「シーラちゃん、ごめん……」

「アンタはいいのよ、アンタは! おばばはなんでそこにいるのよ! こっちに来て手伝いなさいよ! つか近過ぎ! なんで太もも撫でまわしてるの!?」

「ほほ、気のせいじゃ」

「むううううううううう!!」


おばばさんがなぜか僕を膝の上に置いて、ペットの猫宜しく頭や足を撫でてるのを見て、シーラちゃんがプンスカ怒ってる。


「坊主、家具じゃが、図面をいくつか引いてみた。こういうのを頼めぬか?」


そんなシーラちゃんを細めで見て笑うおばばさんが、胸元からいくつか紙を取り出して僕に見せてくる。


「ほほぅ。ベッドや収納棚……これはガラスを使った収納棚ですか? この設計だと、密封性の高い薬品保管庫かな?」

「そうじゃ。今使っている棚はボロくてのぉ。ベッドと一緒に新調したいのじゃ。坊主の作った棚なら密封性も抜群じゃろうしな。ついでにビーカーや試験管も頼みたい。素材はラボから持ってきたボロ機材を使ってくれい」

「分かりました! 他に必要な家具があったら言ってください!」


実績条件のベッドをまずは作るとして、各部屋の家具は必要だよね。

小屋は二階建てにして、下の階をレンジさん達に使ってもらおうと思ってるんだけど、魔力が足りるかな?

無理なら最悪、下の部屋で休んでもらって、僕とシーラちゃんはリビングで寝る事になりそうだけど……。


「安心せよ。昨日夜なべをして「魔力回復薬」を作っておいた。材料が劣化しておったから効果はいまいちじゃし、味も保証せぬが、小屋が完成くらいは持つじゃろ」

「それはすごい! でも味が悪いって……どれくらいですか?」

「もちろん、ゲロマズじゃ!!」


そう言って試験管の中身で異彩を放つ紫の泡だった液体を見せてくれたけど……。

うん、確かに【錬金術】の目で見ても魔力回復薬なんだけど……。


「魔力回復薬」

飲む事で魔力が回復する。

ねっちょりしていて苦くて喉に絡みつくマズさ。

品質:ドブ


「飲みたくないなぁ……」

「味見でペロッとしただけで、舌が痺れる渾身の駄作じゃな」

「素材が劣化するとやっぱり駄目なんですねぇ」


【錬金術】でも、品質は素材の質で決まるからね。

物の品質を再錬成で上げる事は可能だけど、対価として高品質の同じ物を3倍は使うんだよね。だからやれるけどやらないのが錬金術師のお約束。

でもまぁ、甘さとかを足す事くらいはできるかな?

椰子の実も沢山あるし、もしも飲む事になったら試してみよう。


という心配もなんのその。

漂流してから何度も魔力が枯渇したお陰か、ちょっと魔力の最大量が上がったみたい。

魔力の最大値は、限界まで使う事で少しづつ増えるんだよね。

その恩恵がどれだけあったかは分からないけど、無事に外壁と屋根のある二階建てのちょっと大きなお家が完成しました!


一階は台所やリビングがメインで、部屋数は三部屋。

一番奥の部屋が僕の部屋……というか僕とシーラちゃんの部屋らしい。

隣の部屋を使ってもらおうと思っていたんだけど、却下されて二部屋連結の大きなスペースになったよ。

手前が僕の作業部屋で、一番端の部屋がベッドルーム。

なぜか4人くらい一緒に寝られそうな大きなベッドが置いてある。なんでだろうね?

空き部屋は倉庫にでも使おうと思ったんだけど、明日以降に地下に倉庫を作ることになったよ。

この島の周辺の気候は年中暑いから、地下に倉庫を作った方は物持ちがいいんだって。

二階は完全に住居スペース。

全部で六部屋作って、そのうちに部屋をレンジさんと姫様で使ってもらっている。

家具は最小限だけど、おばばさんの設計図通りに作ったら、なんかお洒落なものが出来上がったよ!

ベッドも大きめなものを用意して、そこで姫様が眠っている。

早く目覚めるといいね。


「というわけで、今日は魔力がもうありません! 残りの作業は明日です!」


屋根まではなんとか作ったし、雨漏りも多分平気なんだけど、やろうと持っていた防音素材や内壁の設置に、地下倉庫までは流石に持たなかったよ……。


おばばさんがいい笑顔で危険な飲み物をちらつかせて来るから、作業終了を宣言したら、何故かしょんぼりしてしまった。

せっかく作ってくれて申し訳ない気分はなるけど、でもアレは流石に飲みたくないなぁ……。

シーラちゃんなんか、絶対近寄ろうとしないし。


外はもう夕暮れのはずなんだけど、空にはどんよりとした雲がかかっている。


「朝の声の通り、雨になりそうじゃのぉ」

「間に合ってよかったです」

「いや、普通に半日でこの規模の家ができるとか、普通はあり得ない」


レンジさんが頭を抱えているけど、素材と図面があればこれくらい普通にできますよ?


「ボロ小屋の時より、なんかお洒落じゃない?」

「設計図が良かったからね。あまり考えながら錬金すると、どうしても外見がおかしくなっちゃうんだよねぇ」


今回、おばばさんやレンジさん達と書いた図面は、その辺まで考慮したものになっている。というかこの二人、デザイン力が凄いんだよね。

その通りに【錬成】するだけで、イメージ通りの物が出来上がる。

だからこそ、錬金術に置いてレシピは大切。

一語一句違わずにレシピを復唱すれば、必ず同じ物ができる。

もちろん錬金術師によって品質は多少変わるけど、イレギュラーをできる限り遠ざけるのが、錬金術を簡単にする秘訣なんだよ!


「それにしても凄すぎだろう……ガラスの窓がある家など、貴族の屋敷くらいだぞ?」

「シーラちゃんが海からガラス素材を沢山拾ってきてくれたし、おばばさんからの提供もあったから、頑張ってみました!」


でもまだ、内壁は木張りのままだから殺風景なんだけどね。


「明日は地下室や漆喰で壁を作ろうと思ってるんだけど、天気が悪いと困るなぁ」

「この辺りの雨は、嵐でもない限りすぐに止む。明日には晴れておるじゃろう」

「雨水も溜めておきたいから、すぐに止むのも困りますけど」

「安心せい。嵐が着たらすぐ止めと祈りたくなるぞ」

「それは祈りたくないなぁ……」


レンジさんとおばばさんが進める夕食の準備を眺めながら、魔力欠乏の頭痛と戦いつつ、とりとめのない話をする。

シーラちゃんがおばばさんの指導の下、お魚の三枚おろしに挑戦していて、見ててハラハラするけど……。


そうか、もう僕一人が頑張らなくても大丈夫なんだね……。

そんな気持ちが沸き上がり、なんだか嬉しい気分になる。


その日の夕食は、僕はまったく役に立たないまま完成したよ。

そして今回は何と!


「パンがフワフワ!」

「やる事ないからずっと監視してたからね!」


ねんがんの はっこうパンを てにいれたぞ!


せっかく組んだ石窯もあるし、やる事が無かった僕が見守った結果、やっとのことでふんわりパンをおばばさんに食べてもらうことに成功しました!


「柔らかいパンが美味いのぉ……」


感慨深そうにパンをちぎっては食べるおばばさんの瞳に、一筋の涙が流れる。


「これは……王城の厨房でもめったにお目にかかれない、極上のパンだ……姫様にも食べて頂きたかった……」


そしてレンジさんもまた、しんみりしながらパンを食べている。


「美味しい! お替わり!」


そしてものすごい勢いでパンとお魚を平らげていくシーラちゃんはいつも通りだね!


その日の夕食はとにかく大盛況。

レンジさんとおばばさんが発酵パンのレシピを手に入れてほくほくした顔になってるよ!


夕食の片付けが終わったあたりから、窓に雨が少し強めの風に打ち付けられて、パラパラという音を立て始める。


「……雨漏りは大丈夫みたい」


建物全体を【錬金術】に取り込んで確認してみたけど、今のところ問題はなさそうだね。

ただ壁がまだ完成していないから、このまま降り続けたらどうなるかは分からないけど。


「何かあっても、で視ればすぐわかるからいいか」

「錬金術の使い方がおかしいのぉ……」

「やっぱりそうですよね……」


おばばさんとレンジさんがため息をついているのはなんでだろうね?


まぁ、それはともかくなんだけど。


実績の条件がすべて解除されて、いつものように声の人の祝辞と共に、僕の目の端にウィンドウが表示された。

今回はなんの二択かなぁと思っていたんだけど、選択肢はなかった。

ただ「Y」というボタンが表示されているだけ。

それなら何で押さないのと言われたら困るんだけど……。


それは声の人がこう言ったからなんだよね。


『実績が解除されました! 「実績:一戸建て」 報酬で「追憶のダンジョン(初級)」が解放されました! 配置には強い振動が伴いますが、建物と付随する施設は保護されるので問題ありません! 配置しますね!「Y」』


なんで「配置しますね!」なんだろう……。

どうしようこれ。「はいY/いいえN」どころか、「はいY」しかないんだけど……。


ダンジョンって魔物が沸いて出て冒険者さんが戦う的なアレだよね。

僕、戦いなんか絶対できないけど?

魔物が出たらこの島どうなっちゃうの?


とにかく「Y」の前に、みんなに相談しないとまずい案件だよなぁ、これ……。


食事が終わりまったりした空気の中、爆弾を投下するのは気が引けるんだけど。


「どうかしたか、坊主? 今日の食事は口に合わなかったかのぉ」


たぶん苦虫を嚙み潰したような顔をしている僕の頭を、おばばさんが隣に座り、優しく撫でる。


「ご飯は美味しかったんですけど……ええと、ご相談というか、事後報告というか」

「なにそれ? お腹でも痛いの?」

「違うよ!?」


そしてシーラちゃんが僕の反対側に座って、僕の腕に手を回して、おばばさんから遠ざけるように引っ張る。


「ええと、今日お家を作った事で、実績が解除されたんだけど……」


畑の作物の実績は昨日解除していたから、残りはふたつ。

三部屋以上の家と、五つのベッドだね。

ベッドのひとつはおばばさんがシーラちゃんに運ばせて、ラボに持ち込んでたけど、それでも問題なかったっぽい。ちゃんとカウントされたよ。

住民に関しては、10人は今のところ不可能だよね。

住民は別枠で報酬があるっぽいからやりたい所ではあるけど……遭難者がそんなゴロゴロ集まっても困るしなぁ。


とにかく、昨日の分も含めて貰えた報酬の件……「ダンジョンが設置できます!」と言ったら、何故かシーラちゃんに心配され、おばばさんに熱を測られた。


「ははは、錬金術師殿、ご冗談を」


レンジさんだけは、何故か人形のように表情を変えずにはははと笑っていた。


「ダンジョンというモノは、長年かけて生まれる魔境じゃ。ダンジョンコアが無ければ生まれもせぬし、この島というかこの海域に、そんな物騒なものは存在せぬ」


おばばさんがそう教えてくれたけど、そういう奴じゃないと思うんだよね、これ。


まぁ、この場は僕が魔力欠乏のせいでぼんやりしているという事で収まった、というか心配したシーラちゃんに寝室のベッドに連れ込まれて、色々危ない雰囲気になったりしたけど……そのまま疲れが出て、僕はゆっくり眠りに落ちて行った。


そして翌日、僕の言う事が真実だと知って、おばばさんとレンジさんが絶叫するのであった。

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名も知らぬ遠き島に流れ着いたら椰子の木一本だった クワ道 @kuwamiti

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