謎の人物と受刑者、その二人きりの対話から幕を開ける本作は、一瞬で物語の深淵へと引きずり込まれるような、抗いがたい引力を持っています。
テーマとなっている「気分」の拡散。それは現代のSNS社会や情報の伝染を鋭く風刺しているようでありながら、より根源的な人間の業にまで踏み込んでいます。特筆すべきは、作者様が安易な「正解」を提示しない点です。
「どうです?」と突きつけられるその余白は、無責任どころか、読者の知性と覚悟を最大限に信じ切った、極めて挑戦的な演出。提示された仕組みが外の世界でどのようなディストピアを招くのか、その恐怖すらも読者の想像力に委ねる冷徹なまでの突き放し方に、作者様の類まれなる「静かなる狂気」と美学を感じました。
答えを教えてくれる物語ではなく、読み終えた瞬間に「自分ならどうするか」という終わりのない問いが始まる一作。
心地よい絶望と、思考が研ぎ澄まされるような興奮を味わいたい方に。この「未完成のパズル」を、ぜひあなた自身の答えで埋めてみてください。
一見、囚人という異物の象徴であり、孤高の「悪魔の代弁者」とされる男。
だが実態は、社会にただ無関心な大衆の象徴でしかない。
彼は自ら選んで異物となったわけではない。
ただ、社会から無理やり「悪魔の代弁者」という役割を引き受けさせられただけだ。
適任でない者がセーフティネットを担わされる。
それを当然と受け流す社会の無関心と、諦めきった個人の無気力が、互いを正当化し合い、
冷笑(シニシズム)がさらに冷笑を呼び、ゆっくりと社会を蝕んでいく。
これは悪意によってではなく、
悪意なき無関心によって引き起こされる、
スタンドアローン・コンプレックスの寓話だ。
異物が異物でなくなり、
孤独が孤独のまま世界を染める。
そんな静かで、取り返しのつかない未来が、
この短い掌編の向こうには確かに存在しているのかもしれない。
木山喬鳥氏『気分屋』。
この静かな悪夢を、どうか味わってみてほしい。