1-4  冗談


 豪華に装飾された重い扉を開けると、椅子に腰掛け、先にレポートを読んでいる紺碧色の髪が見えた。



「レイン、今日は早いのですね。」



 アレックスはレイン──、ラインハルト・ド・チェンチに声を掛けた。お茶会に来るときは、レインは時間ギリギリにくることが多いというのに、今日に限っては一番乗りをしている。



「カイエン様、アレックス様、連絡ありがとうございました。殺しても死なないと思っていた奴が…。」



 レポートを机に置くと、深々と頭を下げた。昨日から全ての事が別世界のようにレインは感じていた。いつも冷静沈着なセリスが誰かに泣きつくとは信じがたい話だった。



「レイン、セリスは人間ですよ。」



 諭すようなアレックスの優しい声の中に、少しだけトゲが含まれている事を、レインは直ぐに感じ取っていた。言い過ぎたかと思った時には言葉が溢れ出して止めることはできなかった。

 


「だから言っているんです。どこの世界に魔法を無詠唱で放つことのできる奴がいるんです。あんな戦い方していたら、いつかこうなると散々言ってきたのに、カイエン様の前ですが、アイツは本当にバカですよ。」



 苛立ちと無力感に溢れ、持っていたペンを強く握りしめる。レインは自分の言葉は少しも届かないと知っていたが、この事態に陥ることがわかっていただけに、悔しくて仕方なかった。



「俺の娘だからバカなんだよ。頑固で優しい自慢の娘だ。後で見舞ってやってくれ、お前と言い合いすると元気になるだろう。」



 そんなレインの気持ちを察したのか、笑い飛ばしながら、わざと明るいふりをするカイエンの姿は、少し痛々しいものがあった。



「言われなくても行きますよ。一応、医者ですから。…アイツ、そんなに悪いんですか。」



 話し方に違和感を感じたレインは、あまり良くない状態を考えてしまう。



 いつだって彼女は自己犠牲をしてしまう。たったひとつの願いのために。その願いが決してその相手に届かなくても彼女は願う。



──あの人が笑って暮らせる世界を守りたい。



「朝から真剣で斬り掛かってくるくらい頭がおかしい。あのバカ曰く、身体を動かしていたほうが気分も晴れるらしい。」



 嘘か真かわからない話。

 


「剣聖に斬りかかるなんて、アイツ本当に重症のバカだな。」


 

 嘘でもそれにレインは乗ることにした。

 


「俺に勝ったら、剣聖の名をやると言ったとたんに酒瓶で殴りかかってくるなんておかしいだろう。酔っ払いの戯言というのが分からんのか、あのバカは。」



 どうやら事実のようだが、レインの知る限りそれは周りに心配かけないようにしている彼女なりの気遣いだと思った。



「昨日は楽しかったです。またお呼ばれしてもよろしいですか。」



 その言葉は、アレックスの口から自然と出てきた。血の繋がらない父と娘の暖かい家庭。その中に迎え入れてもらって、互いに立場を忘れて同じ時間を分かち合えた楽しさが心を満たしていった。




「いいぞ。レインもくるか。」



 楽しい遊びに誘うような随分年上のカイエンの言葉に乗るつもりだが、あえてひねくれた返事を出してしまう素直じゃない自分にレインは呆れてしまっていた。



「断ったらどうするつもりですか。」


 

 試すような返事を待っていたかのように、アッサリと切り捨てる。




「その時はオマエの名前で請求書が届くだけだ。」



 普段穏やかなアレックスもその言葉に思わず笑い声を出してしまっていた。




「冗談が冗談にならなくなる…。次の時は呼んでください。」



 レインは半ば諦めたように深い溜息をついたが、遊びの仲間に加えて貰ったことを嬉しく思った。



 セリスが願う世界の相手、アレックスの真意を確かめたい気持ちもそこにはあった。


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