診察室の先生とわたし
霜月れお
第1話 皮膚科
アトピー性皮膚炎。
人によって症状の程度にかなり幅のある皮膚炎だと感じていて、症状が落ち着いたとしても、爪でひっかいた、寒暖差などといった、僅かなきっかけで赤くなり、かゆみが止まらなくなる、わたしにとってはそのような存在だ。
仕事でのストレスに汗、家事で生じる手荒れに就寝中の搔きむしり。
そんな日々を過ごしている時に通っていた腕がいいと評判の、受付は電話が鳴り続け、順番制度はあるものの待ち時間がどんどん延びてしまうくらいの、常に混雑しすぎている皮膚科クリニックのご年配の女医さんのお話。
◇
実は、混雑しまくっている皮膚科の診察を受けるまでに、いくつもの困難をチームワークという「夫」を駆使して、予約の「番号」を手に入れる必要がある。
そう。闘いという名の受診予約は、予約前からすでに始まっている。
予約は前日の診察受付と同時に始まる。
皮膚科の診察券を忘れないように。
診察受付時間内はクリニックの受付カウンターで氏名欄に名前を書き、診察券を箱に入れる。時間外はクリニックの外に置いてある。
この時の氏名欄の「番号」をしっかり覚えておくかメモに残す。あと何組くらいで順番が来るのか確認するために使うから。
ちなみに、電話やネットでの予約は受け付けていないんだよ。
わたしは家から車で1時間くらいの距離に通勤していたこともあって、金曜日の昼休みが夫が出動し、土曜日の診察を予約してくれていた。
ひとりでは出来ない大仕事だ。
診察の当日は、皮膚科に電話して何番まで診察が進んだか確認してから待合室で待たなければならない。
しかも「あと20分くらいです」と言われて向かったのに、1時間以上待たされることなんてざらにある。
午前と午後にある診療受付をしていない時間であっても診察は続いており、ご年配の先生はいつ休憩を取っているのか、こちらが気を使いそうなくらいだ。
◇
やっと中待合室への順番が回ってきた。
「次ですので、中待合室にお越しください」と言われて、割と待たずに中待合室に呼ばれ、丸椅子に腰かける。
診察室を仕切っている何も貼られていないただの白いシステムパネルを見つめ、診察のプライバシーを守るために流しっぱなしのラジオから興味のない番組の音声が今日も流れ続けている。
意外にも、このラジオだけで診察室の会話はかき消されてしまう。
「霜月さーん」と呼ばれ、腰を上げる。マジで長かった……。
診察室に入ると、ご年配の女医さんがペンを執り日本語ではない、流れるようなアルファベットでカルテに何やら書き込んでいる。
診察用の丸椅子に腰かけると顔をあげ「霜月さんね、こんにちわ。今日は何に困っているの?」とニコリと微笑みかけられた。
目の前に座っている女医さんは、部屋の蛍光灯を跳ね返すような艶肌で、肌荒れのないきめ細かく潤った白い肌をした方だった。
ゆで卵のとぅるんつるんと言えば言い過ぎかもしれないが、「さすが皮膚科医」と感心を覚えたことが印象に残っている。
わたしはアトピー性皮膚炎で困っている日常生活の行動やどうしても掻いてしまう身体の場所を女医様に淡々と伝えると、女医様は滑るように話し出した。
「アトピーの方はね、特に気を付けて欲しいの。お化粧するときも擦るんでなくて『トントン』として、長い髪が首にまとわりつくだけでも痒くなるのだから、ストールまいたりなんかして。それとね、スッピンは絶対だめよ? だって、痒いときは躊躇わずに掻きむしるでしょ。顔を指で触らないようにお化粧をした方がいいわ。それに、食器を洗う時の洗剤も皮膚に良くないから必ず手袋。洗濯物を干すのも、手が乾燥するから手袋。寝ている間に顔に髪がかかって、掻いているだろうから、髪を束ねて、手袋するのよ」
流暢な日本語で、何度も同じセリフを言い続けているかのような滑らかな口調で、日常生活を送るには到底成し遂げられないであろういくつものアドバイスを澱みなく言の葉にしていく。
ストールなんか首に巻いたことねえよっ!
それに間違いなく手袋だけは、がんばれない。
そんな自分の心とは裏腹に、わたしの口は「はぁ……、気を付けてみますぅ」と間の抜けた返事をし、診察室をあとにした。
この時は「本当に良くなるのだろうか」という不安と処方された薬を持ち帰り、しばらくして、わたしはこの女医様の手腕に感動することになる。
適量のステロイド含有軟膏と痒み止めと言われて飲んでいる花粉症向けのアレルギー薬が抜群の効き目。それを診察室で伝えると、わたしの身体にたまたま合っただけなのだろうと謙遜する女医様。
その後何年かして、見目変わらずの女医様はアトピーへの新薬が出たという情報を伝えてくれ、ステロイドから卒業するための軟膏をわたしに紹介する。
たぶん女医様は80歳近いはず。
わたしは診察室で、女医様の学びを欠かさない姿勢に感動してしまった。
ならば、あの診察予約をローテクからネット予約にしたほうがいい。
かなりの業務改善になるはず。
わたしは、切に願って診察室を後にした。
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