ファミレスの姉と妹 視点――石川滋瑠
推しに多大なる勘違いをさせてしまったかも知れないという後悔ある一日はその後はなに事も無く過ぎてゆき、あたしは肩落としに家へと帰宅する。
帰宅早々に夕飯は
本当はあまり行きたい気分じゃないんだけど、乗り気じゃないお姉ちゃんと二人で向かい合って夕飯を食べるのもそれはそれで物悲しくなるので賛成票をあげて付いて行くしかない(結局お姉ちゃんもシブシブながら付いて行くようだが)。
そうとなると着替えをしなければいけないが、まぁ誰か知り合いに会うわけでもなし、去年くらいに
実際に着てみたら本当にピッタリでちょっとヘコんだ。
✼✼✼
「
黙々と野菜たっぷりちゃんぽん(チャーハン餃子セット)をモグモグしてると、対面した我が姉「
「ふ、服装は、個人の自由、GUで買ったやつだし、フフㇷ」
「はぁ~、そのオヤジギャグ
あたしなりに頑張った渾身のボケを冷たくいなした姉はフォークでサウザンサラダを無駄にかき混ぜながら昔からクセづいている「けど〜伸ばし」な語尾の後に溜め息をもう一度吐き出してくる。そんな溜め息されちゃツルツルなお野菜ちゃんぽんがデロデロに伸びちゃいそうなんですけーど?
「バッサリ言うけど滋瑠のセンスは無いと思うんよね。胸にオジサンの顔とかホンマなんなわけ?」
「お、オジサンじゃないんだ、ぼ、ボリス・カーロフさんというフランケンシュタインの怪物の寡黙なイメージを世に広めた偉大なるユニバーサル・モンスターズ俳優さんのひとりなんだ」
「いや、知らないしオジサンなのは変わらないじゃん。はぁ~、そこはどもらず早口になれるんだよねあんたはさ」
どうやら我が姉には偉大な映画俳優さんもオジサンの一括りにされてしまうようだ。最近あらたにクセづいた溜め息をもう一度吐いてあたしにはよく分からんアシメショートとかいうオシャレヘアに沿って付け爪デコレーションな小指でオデコを撫でた。
おのれ、
とにかく、あたしは絶対にお姉ちゃんみたいな偽りなギャルにはならんぞと胸で存在感を主張するボリス・カーロフさんの迫力に近いながらモグモグと餃子をひとつ口にした。
「んぐ……てかさ、あんたそんなに食べて大丈夫なん? 太るとか考えないわけ?」
今度は美味しいご飯にイチャモンかな。だがしかし、眼と喉の動きで美味しそうだと思ってるのは間違いなし。そんなちみっこいサウザンサラダとスープバーのコーンポタージュでハラヘリ怪獣を満たせるほど石川家の胃袋は狭くは無いのだ。
「フ……あたし、運動部だから、へ、平気だ」
「くうぅンぅッ、そのほぼほぼ無表情で煽ってくんのが腹立つんですけど〜」
あたしは不敵(だと思ってる)な笑みを浮かべてチャーハンをモグモグと食べてみせるとお姉ちゃんは口惜しそうにサラダをモシャっと口にした。
お姉ちゃんも中学高校の時はハイキュー推しカプにドハマりした情熱でバレー頑張ってたんだからそのまま冷めずに続ければハラヘリ怪獣に抗うダイエット作戦に苦労せずに済んだんじゃないだろうか。正直、お姉ちゃんは別にダイエットするほど余分なお肉は無いとあたしは思うんだけど。なんて考えながら見つめてると逆にキッと睨みつけられた。また言い合いが始まりりそうだと察したかお母さんに静かに睨まれる。
さすがにあたしら姉妹もしばらくサイレントに食事に集中する。
世の中には逆らってはいけない存在は幾つか存在する。あたしら姉妹に共通しているのは「お母さん」と「虫」である。
「でもさぁ、あんたはもうちょっと何とかした方がいいと思う。本気のマジで」
サウザンサラダとコーンポタージュをとっくにペロリと完食してしまった手持ち無沙汰となったお姉ちゃんが再び話を蒸し返してきた。本気と書いて「マジ」と読むそうだから二重表現だなとあたしは思いながらドリンクバーの一杯目であるカルピスウォーターを静かに飲み干してお姉ちゃんの顔を見つめる。あたしと似たような潤みの強すぎる瞳がギャルメイクで強調されているのが何だかいやだ。あたしの見知ったお姉ちゃんの瞳は青山さんのやつとは違った丸っこい大きな黒縁眼鏡越しだったんだけどな。
そんなお姉ちゃんはあたしの能面よりな
「いやあんたはね、自分のポテンシャルを活かしきれていないわけ。それはウチもそうだったんですけど〜」
「……」
「特に滋瑠はさ、表情が顔にでにくいからそれが他人に勘違いされちゃうのが逆に武器になってくるんよ。ウチとあんた、顔は姉妹だから似てるわけじゃない、この眼とかガチのチャームポイントてやつ。だから、滋瑠はオシャレに気をつければもっとイケると思うわけ」
お姉ちゃんの話を黙って聞いてみるが、言ってる意味はまるでわからない。イケルと言われてもあたしをどこに連れてく気だろうか。それに、あたしがこの眼があんまり好きじゃないのはお姉ちゃんは知ってるはずなのに、前髪を長くして隠すように教えてくれたのもお姉ちゃんだ。
「別に、あたし無表情とか、き、気にしないし、チャームポイント、分からん……オシャレとか、いらんし」
正直に伝えると、溜め息をひとつ吐きながら少し悲しげな表情をしているように見えたけど、この表情の意味を伺い知る事はできない。お姉ちゃんにも、あたしの知らない大学生活で色々とあるのかも知れないし、そこを詮索する気も無い。
「……あんた、気になる男子とかいないわけ?」
「……は?」
詮索する気は無いと心で思ってすぐに目の前からダイナマイトを放り込まれるような気分であたしは渡された
「いや、単純に疑問。あんたたまあぁ~に、アガッてる時あるし、気になる子とかいるんじゃねて予想」
アガるも何もそんなもんは知らん。あたしは男女間の恋愛とやらに興味は無いし、面倒だし、男なんてシャボン玉だと
「知ら……い、ない」
「ふ~ん、その反応はいるんだな。なるほどね~」
お姉ちゃんは勝手に自己完結して頷き始めている。なんだよ、勝手に言葉の導火線に火を付けていってくれちゃって、ふざけるんじゃあないよ。
「ま、ウチの妹なんだから恋愛のひとつくらいはさ――」
「――別に、妹とか知らん。恋愛も知らん。気になる男子なんているわけもない。そ、それに、あたしお姉ちゃんの顔、美人とも、思わん」
「はっ、なによ喧嘩売りたいわけ?」
何だか口をついた言葉は嫌なものばかりで、お姉ちゃんを怒らせてしまいそうだ。お母さんの静かな睨みが再会する前にあたしはコップを持って席を立つ。
「ドリンクバーを、もう一度」
「……いってらっしゃい」
あたしが告げるとお姉ちゃんは明後日の方向に顔を向けてヒラヒラと手を振った。あたしは速歩きでドリンクバーへと向かった。
(お姉ちゃんと、喧嘩をしたいわけじゃないのにな。なんで最近はこうなるのかな。いきなり気になる男子て何だよ、頭ピンクコーデに染まりすぎなんだよ)
あたしは纏まらない頭で言葉にしない愚痴を零しながらドリンクバーへと向かう。
(しかし、気になる男子、あれはお姉ちゃんにはいるという事なんか?)
なんとなく、唐突に切り出した話題すぎてそんな気がする。もしかしたら、あたしに話を聞いて欲しいとか……いや、そんなはずはない。あれはからかいたいだけに違いない。あたしに気になる男子なんていな――。
――あたしの想像の中で、ふと
そういえばお姉ちゃんの相手をしていて忘れていたけど、あたしは篠宮さんに嫌われてると思われてると誤解されたままなんだよな。
(誤解は、いつか解きた……ん?)
ドリンクバーへ向かう歩みがいつの間にかトボトボになっているあたしの眼に、見覚えのある茶髪のミディアムヘアが眼に入り思わずコップを滑り落としそうになってしゃがみ込んでしまう。結果的に隠れるような体勢になりながら、あたしはもう一度、そのプライベートなジャージ姿の背中を見つめる。
あれは、見間違えようなんて、ない。
間違いなく、
(な、なんで、こんなとこに推しが……?)
あたしは混乱する頭のままにドリンクバーへと向かうその後ろ姿を見つめながらゆっくり立ち上がった。
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