第一章 美緖と滋瑠
気になるあの子 視点――篠宮美緖
「どうしたのよっちゃん、最近調子は悪いて言ってたけど、今朝はいつにもまして変だったよ?」
次の日の朝練後のロッカールームで、垂れがちな茶色い瞳が下から見上げてくる。ムッと怒ってますよと言いたげなのは分かるんですけど、正直これは可愛いだけだよねとミディアムボブな頭を子犬のようにワシャワシャとしたくなる欲求が湧いてくるこの子は女バスのチームメイトであり友達でもある「
「そうだよな、練習に身が入って無いのはな、それはよくないよ」
コチラは対照的に怒ってますと言うのが鋭い黒眼の迫力から伝わってくる小麦色肌のこの子もチームメイトで友達の「ストーン
「うん、なんかゴメンね」
二人が怒るのも最もだ。今朝の私は昨日にも増して練習が上手くいってない。昨日の事を引きずっているのは明らかなんだよね。ハァ、スポーツ女子にあるまじき
「いやいや、このアタシが本当に怒ってるわけないじゃん。ホレ、理由を話しなってジャンジャカ聞いちゃうよっ」
打って変わって六海ちゃんはニコヤカに白い歯をニカリと魅せて背中をバチリと叩いてきた。そう、六海ちゃんはこういう子。怒ってるかと見せかけていつも朗らかに笑ってくる精神にイケメンを宿している女の子だ。叩かれた背中はパワーありすぎてちょっと痛いんだけどね。
「私は本当に怒ってますからねぇ、レギュラー落とされても知らないんだから。せっかく私も初レギュラー取れたっていうのに、よっちゃんが落ちちゃったらイヤなんだからねぇ」
プイとそっぽを向く
「ストーン隊長。ちょっとだけ頭ナデナデしていいでしょうか?」
「うむ、許可する。変わりにアタシは隊長権限でハグしちゃおっかななんて」
「こらぁ〜勝手に決めてるんじゃなあ〜い」
凛ちゃんは両手をグーに前に突き出してカワイイ全振りにプンプンです。いやホントに調子乗りすぎちゃったかもゴメンね。
「もう、それでぇよっちゃんがおかしい理由はなあに? 洗いざらい話してくれないと許さないよもう」
「そりゃそうだ、心にモヤモヤ残しちまったらプレーに支障があるのは本当だからね、特にスリーポイントシュートはリラックスしとかないと精度落ちるからな。今のうちにアタシらに吐き出しちまいなって」
うっ、二人に詰め寄られて逃げられない。う~む、まぁ相談するくらいなら大丈夫かなぁ?
「実は、昨日ちょっと気になる子がい――」
「――えッ、まさかの恋バナっすか?」
「ちょっとまってぇちょっとまってぇ、そんなのは想定外だよぅ、あのよっちゃんがぁっ」
いやいやいや、盛り上がり過ぎなんですけど、話が明後日の方向にロングシュート投げてんですけどっ。ええい落ち着け落ち着け、これは断じて恋バナなどでは無い。てか、君たちその顔は楽しんでいるでしょっ。
「いや、その気になるのは女の子であっ――」
「――女子! 最近はアリだよねその恋愛!」
「それってぇ、それってぇッッ」
ええい、話を聞きたまえな君たち? テンション高くする話なんて何も無いんだから……どっちかというと昨日の自分がイヤになるんですけどね。
時は、昨日の居残り自主練後の水飲み場に巻き戻る。
(わ……ぁ)
気怠げに見つめてくるその潤みの強い瞳は、何だか吸い込まれそうなくらいに綺麗で、私は思わずジッと見つめ返し続けたいという不思議な欲求のままに見つめ返してしまう。練習で火照ったせいか妙に胸が熱い身体を冷ますように溜め息をひとつだけ漏らして、その瞳をしばらくと見つめてしまっていた。
「……あの」
ジッと見つめ続けていると、潤みの強い瞳のその子は
「ご、ゴメンね」
私は流石にジッと見つめすぎていたとバツ悪くも慌ててしまう。とにかく謝らなければと瞬時に出た声は
「?……ん」
彼女は不思議そうに首を傾けて拭った手の甲を顎に当てて考え込み始めちゃった。う、しまった、いきなり謝るやつなんて変なひとじゃん。と、思った時には後の祭りだ。顔から火が出そうな程に恥ずいんですけどっ。
「……どうぞ」
薄い表情のままに彼女は開きましたよと水飲み機の側を放れながら私に譲ってくれる。いや、飲みに来たのは間違いは無いのだけれど、今はちょっと待ってとその離れようとする小さな背中に手を伸ばしたくなる。
「あのぉおうッ」
前髪を片手で直しながら去ってゆく彼女の背に向かって手ではなく声を伸ばし届かせた。ちょい上擦りな変な声になっちゃったけども。
「……はあ?」
彼女は潤みの強い瞳を前髪でほぼ隠して、不思議そうにだが、コチラを振り向いてくれた。あぁ、その眼、隠れてるのもったいないあんな綺麗なのに――なんて事は口が裂けても言ってはならぬと、別の言葉を頭の中でグルグルと掻き混ぜて選ばれた言葉を口にした。
「お水、ありがとうねっ」
私はいったい何を口走っているのだろうかと顔から火が出そうな恥ずかしさに心の中で落ち着けと自分自身を叩いていると。
「ふ……どうも」
彼女は呆れたのか、小さな溜め息をひとつ鼻で吐いてペコリと会釈をしてから、旧体育館の方へと歩いていった。
後に残されたのは、おマヌケに片手を上げたままの私の姿なのでした。
「と、言うのが昨日の私。あぁ、いま考えても恥ずくて失礼極まりない子ちゃんだよ私ッ」
もうここが家のベッドだったらゴロンゴロン転がりたいところだよッ!
「えぇ~、それが理由で調子崩してたのぅ」
あれ、なんか凛ちゃんの声がホンワカの中に呆れの三文字が見えるんですけども。
「それは絶対気にしてないし、気にしてるのよっちゃんだけだよぅ。どうしても気になるなるんなら直接謝りにいってスッキリしようよぅ」
「で、でも、あの子がどこの誰かも分からないし、小柄だったから一年生かも知れないけど、あのちょっと余裕のあるミステリアスな雰囲気は三年生の先輩! なあっ、やはり失礼が過ぎてたんだッ!」
「もうひとりで喜怒哀楽コントしなくていいからぁ。探すの私達も手伝うからぁ。ね、むっちゃん……ん、どうしたのむっちゃん?」
「ん? ああ」
私と凛ちゃんが話している間にもなぜだか会話に加わって来なかった六海ちゃんが難しい顔をして考え込んでいた。凛ちゃんが声を掛けると小さく頷き、口端を片方あげて笑ってきた。なに、その謎は全て解けたでみたいな名探偵スマイルは。
「いやさ、目隠れのマニッシュヘアの小さい女子て特徴を聞いたらさ、
えッ、意外と近くに情報がっ。て、同学年!? 二年生だったんだ!!
「で、でも、
「いや、アタシもクラス同じでも親しいわけじゃないから、眼の綺麗さとかは知らんけど。名前くらいはさすがに知ってるけど。お、そうだ、ヨシオとの共通点はひとつあるある」
「き、共通点?」
あの子と私に共通点てなんだろう。全然分かんないんだけど。あ、そうそう、ヨシオてゆうのは私の名前だよ「
「こらあッ! いつまでチンタラ着替えしてんだスットコ三人組!!」
「す、すみませえぇんッッ!?」
あまりにも話しすぎたロッカールー厶の女子バナは
しかし、この女子バナであの子がA組だとわかった。しからば、早速……休み時間あたりに探しに行ってみようかなぁ。いきなり突撃するのは悪いし……別に、ヘタレてるわけじゃないよッ。本当だよッッ。
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