真似事
祖父の月命日だったから、興が乗って煙草を買ってきた。死ぬまでやめられなかったのだから、さぞよいものだったのだろうという皮肉も込めてである。とりあえずライターも一緒に買って、どことなくそわそわしながら家路に着いた。銘柄は祖父と同じものを。親父も昔吸っていたがその銘柄は知らないので、ひょっとして親なりに気にはしていたのだろうかとも思った。
いつも座っている椅子にいつも通り腰かけてから、買ってきたライターで小さな白い筒に火を付ける。赤熱した先端からふわりと白い煙が漂って部屋の中に消える。気紛れに踊るそれをしばらく眺めたあと、葉巻を口に咥えて更に深く座り込む。気流に乗って肺に流れ込んだ紫煙を吐き出して、さらに深い溜息を吐いた。思っていた通り、そんなにいいものじゃない。こんなもののためにさっさと死ぬなんて、さぞ幸せな人生だったろうなと、死人に嘲るような笑いが出た。合間に飲む珈琲はたしかに普段より美味だったが、費用対効果で考えればマイナスもいいところだ。結果、挙句に早死なんて、どうしてこれほどまでに非効率で非生産的な営みなのだろう、なんてことしか考えられなかった。そのあともしばらく吸って吐いてを繰り返していたが、そのうちに飽きて灰皿代わりの瓶の蓋に捩り込んで煙を消した。マグカップに注いだ中身はまだ半量残っている。氷はとうに姿も見えなくなっていて、纏わりついた雫は重力に従って落ちていった。
とはいえ己の身一つで生活している手前、ずっとこうしてぼんやりしているわけにもいかない。立ち上がる前に珈琲を飲み干して、左手で口許を拭う、そのときに祖父の部屋と同じ匂いがして、私はすこし苦笑いしたあと浅い溜息を吐いた。
残りの煙草は箱ごと水に漬けた。たぶん今後、一本たりとも吸うことはない。
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