桜色
桜が咲いた。それはもう、呆気なく。
前置きもなく暖かくなって、羽織物も要らなくなって、その矢先にぱっと咲いた。分厚い窓硝子越しにその可憐で儚げに揺れる花々を眺めながら、まだ温い飲み物を抱え込んだ冬気分の自販機の前に立ち尽くしている。季節に置き去りにされたのかもなぁ、俺たちさ、なんて語らいかけても堅物な彼(彼女?)はうんともすんとも言わない。そいつががしゃんと落とした冷えた缶を拾って、私は仕方がないから歩き始めた。
その日の午後はどんより曇って、雨なんかにも降られた。仕事の調子もなんだか振るわないし、冷えていた缶も心做しかぬるくなっている。それでも手元の地図に目を凝らして道を探していたが、不意に視界の隅に映った桜並木へ引かれるように道を逸れ始めた。
道の両脇に咲いた花は綺麗で、それを散らして道端に落ちてゆく様さえ美しかった。散り際の美学なんて言葉もあるけれど、人がどれほど頑張ってもこの美に勝てるような気配はない。しばらく手招きするように揺れる桜の木の下で、ぼうっと隙間の空を眺めていた。そうしているうちに、桜の花が無数の目に見えたりもした。ただ、ずっとそうしているわけにもいかないので、やがて私は重い重い腰を上げてまた歩き始めた。桜咲く通りを抜ける頃、曲がり角からこちらを手招く腕が見えた。気がしたと思う。気がしただけだ。
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