(4)表舞台から消えた陰陽師たち

「そう」

 苦笑しつつ、悧月は続ける。

「明治になって憑き病が増えたために、政府は元陰陽師の辰巳家を呼び戻して、警視庁内に憑捜を組織させたんだ。陰陽師は、魑魅魍魎を調伏したり呪いや憑依を解いたりする力を持っていたからね」

 この話に、花墨は思わず身を乗り出した。

「辰巳家の人なら、千代見姫も調伏できるってことですか?」

「それは正直、わからない。陰陽師が力を行使するためには、禊ぎや修行なんかが必要だ。陰陽寮がなくなった今、そういった場も今はない。もちろん、辰巳氏は憑捜を組織できたくらいだから、当時は間違いなく力を持っていたはずだ。でも、それからずいぶん時間が流れて何代か代替わりしているし、今はどうなのか……」

 悧月は茶を一口飲み、湯飲みを置く。

「それから、元陰陽師の家柄だったとわかっているのは、辰巳家だけじゃない。高鳥家・・・もなんだ」


「え? 高鳥家が陰陽師……?」

 さすがに花墨は驚く。

 婚姻によって辰巳家と縁戚関係にあるとは聞いていたが、それは先祖が同門の陰陽師だったことに端を発していたようだ。


「今の家業と関係ないから、おおっぴらにはしていないけどね」

 悧月はさらに続けた。

「高鳥秀一氏の祖父が、とある公家のお抱え陰陽師だったんだ。公家は今、華族になっているから、陰陽師としての仕事を失っても人脈として頼れただろう。そこから織物業で儲けて軍に資金を提供し、高鳥家も華族になった。さらに百貨店まで始めたわけで……高鳥一族の繁栄は、留まるところを知らない」

「憑捜の辰巳家と、百貨店の高鳥家……力のある両家が、陰陽師の血を引いている。じゃあ」

 百貨店で会った、堂々としたスーツ姿の高鳥秀一の姿が、脳裏に浮かぶ。

「あの社長が、陰陽師の力を持っているの⁉」

「鳥の印のあるショールをどうにかすることで、高鳥氏が千代見姫を操ってるんじゃないか……って、剣が言っていただろう。どう使うのかはわからないけど、高鳥の血筋なら可能かもしれない」

「そうなりますね……!」

 動揺しつつも、花墨は不思議に思った。

「あの、先生。どうして、辰巳家とか高鳥家のことに、そんなに詳しいの?」

「……それは」

 悧月が言いかけた時。


 コンコンッ!


 不意に扉がノックされ、花墨と悧月は思わずビクッとした。

「悧月様、お客様。お食事の用意が調いました」

 シノの声だ。

「今行く!」

 悧月が答えて、二人は顔を見合わせる。

「……また後で話そうか」

「は、はい」

「しっかり食べて英気を養わないとね。誠子さんの料理は美味しいよ」

 彼が微笑んだので、花墨は戸惑いながらも、少し肩の力を抜いた。


 食卓の上には、美しい食器に見事なフランス料理が輝いていた。

 美味しそうな焼き色のビフテキに、みずみずしいカブと人参が添えられ、主食が米飯ではなくバタつきパンなところも異国を感じさせる。

 ボウルに入った緑色のスープが謎すぎて、花墨は思わず「これは何ですか?」と聞いてしまったが、豆でできた『ポタージュ』というものだった。

 誠子がナイフとフォークの使い方を教えてくれ、花墨はぎこちなくビフテキを切りわけ、口に運ぶ。

 甘みさえ感じられる肉汁が、彼女の目を見開かせた。

「……これが牛肉……豚肉と全然違うんですね。美味しい……」

 素直な感想を漏らすと、誠子は無表情な顔をほんのりとほころばせた。

「花墨さん、牛肉は初めてでしたの?」

「はい……恥ずかしながら。最近は牛鍋の店も多いので、一度行ってみたいと思っていたんですが、機会を逃してしまって」

「そう」

 ちら、と誠子が視線を悧月に流し、悧月はハッとなって身を乗り出した。

「じゃあ今度、牛鍋の店に行こう!」

 誠子は「それでよろしい」というかのように満足げにうなずいた。


 そして、予想していた通りの質問が、誠子から飛んできた。

「悧月さんと花墨さんは、どのように知り合われたの?」

 花墨は嘘はつきたくなかったが、そのまま話すのも雰囲気を壊してしまうと思い直し、簡略化して話すことにした。

「九歳で両親を亡くし、生きていかねばならなかったので、働く女性たちの子守りをしていた」

「霊感が強く、たまたま通りかかった悧月に付きまとっていた幽霊を追い払い、お礼に教科書をもらって勉強することができた」

「その後、知り合いの伝手で英語を学ばせてもらい、外国人客が来るカフエーの女給になった」

 ……といった感じである。

 しかしそれだけでも、誠子は目を見張りながら聞いていた。

「花墨さんはお若いのに、なんて色々な経験をしてきているのかしら」

 サーカス団に入ってイギリスに行った、などと知れば卒倒しそうだが、とにかく誠子は花墨に夢中のようで話し続けている。

「私など、女学校時代に婚約して卒業と同時に結婚したから、せいぜい習い事を色々やっていたくらいですよ」

「大学の先生の奥様ともなると、人付き合いが大変だと聞きます。誠子様のような方が相応しいんだなと、誠子様にお会いして思いました」

 花墨はそう答えた。本心からだ。

「まあ、嬉しいこと。ありがとう」

 誠子は微笑み、そして立ち上がる。

「さてと。もう少しお腹に入るでしょう? デセール(デザート)にババロアを作ってありますのよ」


 その時、玄関で呼び鈴の音が鳴った。

 はーい、とシノが廊下を玄関に向かう足音が聞こえ、

「武雄さんがお帰りになったのかしら」

 と誠子も食堂を出て行く。

 やがて、武雄と誠子が言葉を交わすのが聞こえてきた。

「おかえりなさい。お食事はお済ませですわよね」

「うん。今日は悪かったね、はいこれ」

「あら、お詫びのお土産ですか?」

「と言いたいところなんだけど……」

 二人は何か穏やかに会話している。

 悧月は花墨を見て、

「誠子さん、もう怒ってないみたいだ」

 とささやき、花墨もうなずいて安堵のため息をついた。

 やがて、武雄だけが食堂に入って来た。廊下では、何かガサゴソと紙に触れるような音がしている。

「花墨さん、いらっしゃい」

「お邪魔しております」

 花墨はパッと立ち上がって、頭を下げた。武雄は帽子を取りながら軽く手を上げる。

「どうぞゆっくりしてください。ああ悧月、今日、高鳥屋に行ったんだって?」

「えっ? はい、でもなぜです?」

「実は今日、仕事が終わって会食に向かう直前、大学の僕宛てに高鳥屋百貨店の社長から荷物が届いてね」

 説明しながら、武雄は玄関の方を指さす。

「とりあえずそのまま持って帰って誠子に渡したら、今日悧月たちが行ったというから、何か関係あるのかなと」

 花墨と悧月は、顔を見合わせる。

「……荷物?」

 そこへ、誠子が戻ってきた。

「武雄さん、開けてみましたよ。中にカードとショールが入っていましたわ」

 ぱっ、と花墨と悧月は振り向く。


 誠子は「奥方様に、ですって」と白いカードを武雄に差し出し、もう片方の手で黒いベルベットのショールを持っていた。

 ループ状のフリンジ、赤い鳥の刺繍。

 その刺繍が、きらり、と艶めいて光った気がした。


 がたんっ、と椅子を鳴らして、悧月が立ち上がる。

「誠子さん、それ離して!」

「え?」


 その瞬間、パン! と音を立てて、食堂の電灯が割れた。

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