後編

「おはよう、誠也君。今日も張り切って調査に行くわよ」


 相変わらず鼻水を垂らした馴さんは、陽気に車を運転する。

 家族の為とはいえ、犯罪に加担する事には後ろめたさを感じる。

 けど、お金を稼ぐ為、俺は続けないと行けないんだ。


 この闇バイトを始めてから三日目、調査対象の家にはとある共通点が有る事に気付いた。

 それは、調査する家庭には必ず十歳以下の子供が住んでいる事だった。


「馴さん。なんで子供が居る家なんですか?」

「当たり前でしょ。子供が居なきゃ意味ないじゃん」

「えっ? ま、まさか……」


 俺は勘違いをしていたようだ。

 てっきり空き巣狙いの強盗団と思っていた。

 そうじゃない。

 この組織は、身代金目的の誘拐団だ。

 世界中の子供を拐うという非情な組織だったんだ。

 俺は……俺はなんて組織に手を貸しているんだ。


「あ、あの……馴さん……」

「何?」

「今日限りで俺、バイトを抜けて良いですか?」

「何言ってるの。本番まで後三日よ。それまでは続けて貰うわよ」


 そう言って馴さんは「ブビィー」と一発鼻を大きくかんだ。

 俺は逆らう事はできない。

 逆らう事は東京湾直行を意味するから……。


 そして、俺はとうとう約束のバイト最終日を迎える。

 やっと俺は闇バイトから解放されるのだ。

 だが、これから被害に遭う方の事を考えると、やっぱり心苦しかった……。


「さあ、着いたわよ。ここが調査対象、最後の家よ」

「えっ? こ、ここは……」


 俺の家だ。

 ま、まさか……まさかターゲットの子供の中には……。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 最後のターゲットは誰なんですか?」

「晴也君って子ね」

「それは俺の弟です!」

「あー、そうだったのね。だったらもう調査する必要はないか」

「おかしいじゃないですか? うちは貧乏なんですよ。要求されても大金なんか払えませんよ!」

「大金? 心配しなくてもお金なんて要求しないわよ」


 身代金が目当てじゃない?

 まさか……狙いは誘拐してからの人身売買か?

 だとしたら、晴也は……晴也は、バラバラにされ、臓器を――。


「バイト代はもういりません! その代わり晴也をターゲットから外して下さい!」

「無理よ。ボスは一度決めたターゲットを変える事なんかしないわ」


 天罰だ……。

 これは天罰なんだ。

 闇バイトに手を染めた俺に罰が下ったんだ。

 神様はちゃんと見てたんだ。


「お願いです、馴さん! ターゲットを……ターゲットを晴也から……せめて、弟から俺に変えて貰えませんか? お願いです!」

「残念だけど貴方は十歳以下じゃないわ。けど、そうね……バイト頑張ったから特別ボーナスをあげるよう、ボスに頼んどくわ」


 そう言って馴さんは再び鼻をかんで笑った。

 極悪犯罪組織に、慈悲の心を求める俺が馬鹿だった……。


「あっ! 私、そろそろ行かなきゃ。今までありがとうね。バイト代は口座に振り込んどくから」


 そんなお金もう意味がない。

 晴也が居なく成るのだから……。


「誠也君。くれぐれも私達組織の事は秘密よ。じゃあ、これからボスと朝まで頑張って来まーす! バイバーイ!」


 そう言って俺を車から降ろした馴さんは、走り去って行った。

 最後にもう一度「ブビィー」と大きく鼻をかんでから……。


 俺は明日、警察に自首する覚悟を決めた。

 それしか晴也を助ける手段がない。

 母さんごめん……。

 俺、軽率だった……。

 こんな事に成って本当にごめんなさい……。


 家に着いた俺は、自分の分の食事も晴也にあげた。

 ご飯が喉に通らなかったから。

 そして疲れとショックで俺はそのまま朝まで深い眠りに落ちてしまった。



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「――お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 目が覚めると俺の上に晴也が馬乗りに成っていた。

 そして、思いも寄らない言葉を俺に掛けてきた。


「お兄ちゃん、ありがとう!」

「ありがとう? 何の事だ、晴也」


 晴也は、満面の笑みで手にした携帯ゲームを俺に見せてきた。

 晴也が欲しがってたやつだ。


「お前……どうしたんだよ、これ?」

「何言ってんの? お兄ちゃんからのプレゼントでしょ?」

「はあ?」

「朝起きたら僕の枕元に置いて有ったよ」

「枕元?」


 どういう事だ。

 俺はずっと寝ていた。

 そんな物は置いていない。

 母さんも入院中だし、いったい誰が……。

 いや、ちょっと待てよ……。


 俺は壁に掛かってあるカレンダーを見た。

 そして有る事に気付く。


「ああああああぁぁぁぁぁぁ!」

「ど、どうしたの、お兄ちゃん?」


 家事やバイトと色々忙しかったので、すっかり忘れていた。

 今日は……今日はだ!

 だとしたら、だとしたら晴也に携帯ゲームをプレゼントしたのは……。

そうだよ。馴さんは、犯罪組織の一員なんかじゃない。


「うわぁー! なんて馬鹿な勘違いをしてたんだ!」


 俺は慌てて着替え、『リサーチ馴』がある事務所に向かった。

 だが、事務所は既にもぬけの殻で、鼻をかみ過ぎて真っ赤なお鼻の中居なかいじゅんさん(本名ルドルフさん)の姿もそこには無かった。


 俺は事務所の窓を開け、空を見上げた。

 その時、スマホが鳴る。

 病院の看護師さんからだった。

 今朝方、母さんの様態が急に回復し、この分だと一週間後には退院できるという知らせだ。

 それは、俺にとって何よりも嬉しいプレゼントだった。

 そのまま俺は空に向かって、ボスと馴さんの名を泣きながら叫んだ。

 その後の「ありがとうございまーす」が、誰もいない事務所内に木霊する。

 薄曇りの空からは、返事の粉雪が舞い降りて来た……。



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 あれから一年、ネット掲示板を探したが『リサーチ馴』の募集広告は見つからない。

 でもきっと、世界の何処かで募集をしているはずだ。

 俺は約束どおり、組織の秘密を誰にも漏らしていない。

 漏らさなくてもボスと馴さんは、世界中の誰もが知ってる有名人だけどね。


「お兄ちゃん! 出来たよ!」

「分かった。今、行くよ!」


 今年は母さんの手作りのケーキとフライドチキンでその日を迎える。

 俺は頂く前に窓を開け、「頑張ってくださーい! 応援してまーす」と上空に叫んでから、母さんと晴也が待つ卓上に向かった。

 夜空には今年も粉雪が舞い、闇夜を優しく照らしている。


【おしまい】




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【闇バイト】リサーチ馴 押見五六三 @563

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