狼領主と剣聖女

えとらてとら

第1話

 腰に吊るしたランタンが照らすのは暗く冷たい石造りの地下室、その鉄扉。

 手をかざして開錠の聖句を告げた。風さえ拒むほどの護法が一時的に力を失って、音もなく扉が開いていく。伽藍を満たした黒はまるで私を飲み込むように広がって……。


 無意識のうち、ほんのすこしだけ後ずさりをした。

 無理もないことだと理性が弁解する。

 この奥に眠るのは神の証明なのだから、と。


 聖剣……かみさまの手で聖別された少女。

 それは亡骸ではなく、遺物でもない。

 ありえざる御業によってその高潔さが表象するものへと変成を果たした魂。

 あるいは私たちの神様が約束してくださるのだという永遠そのもの。


 ここは秘密の地下大聖堂、知るものは聖剣の間と呼んだ。

 写しレプリカを祀った教会総本山とは違い、財でも権威でも開くことのない聖櫃の扉。それを今私は開いたのだ。たった一人で、正式な手続きに則って。


 呼吸をひとつ。扉の奥へ吸い込まれていく風が背中を押すのを許した。革靴が石畳を叩くその音で身体は前へと進んでいく。ぼんやりとした灯りが一歩ごとに暗闇へ輪郭を与える。

 次代聖女に課せられた最後の使命は、ここで聖剣――聖女さまから御言葉を賜ること。これから見えるのは数え謳われし伝説のうち唯一地上に残った一振り、聖アルマの無窮フロウレス


 使命を果たして地上に戻れば、私は新たな聖女に数えられることになる。

 彼の御手に相応しき魂という名誉とともに。


『ばたばたと五月蠅い心音だ。 秘蹟管理カストディの困窮が手にとるように理解できるな。 これしかなかったのか? 本当に? ……まぁいいか』


 響いた声は非常に高圧的で、やけに早口で、おまけに機嫌が悪く、ついでにものすごく失礼なことを言っていた。


『――さて、ここに送り込まれてしまったからにはお前、手短に済ませよう。 

 今から質問をするので正直に答えろ。 言葉を飾るのも無しだ。 でなければ死ぬ』


『ここを出た後の話だ。 お前の使い道は死後にしかないが、では死ぬまでの間をどう過ごす? どうせ誰かに決められていることだろうが、それについての感想も話せ』


「……えっと、修道院を開いてその象徴をやります。諸先輩方と同じように。

 箱入りは変わらないんですけど、けっこう滅茶苦茶できるっぽいので楽しみです」


 たとえばお菓子とか。ちょろまかした麦酒を使って出入り業者さんに交換してもらう必要がなくなる。これは本当に素晴らしい。バレたときに死ぬほど怒られるのだ。


『菓子か、悪くない。アイツも酒よりそっちのが好きだったよ』


 心が読めるらしい。思ったままを言わなければ本当に死んでいたのかも。

 不安になったので言葉を続ける。飾りなく、思ったままの全部が出るように。


「あと夕ご飯はぜったいお肉ですね。キャベツの芯だけ浮かんだスープなんか二度と飲みませんから」


『……まったく、例外を探せと言ったが、それで変なのを届けられるとやるせない』


 姿はまだ見えないけれど、その声音だけで落胆の度合いが伝わってくる。

 感情を誇張しすぎているというか……ああ、コイツ顔がないのか。


『そう怯えるなよ。 だが今のは良かったな。

 少し似たところがあるのは評価に値する』


「――あの、さっきからどなたの話をされているのでしょうか……というか、あなたは?」


 実はもうかなり青ざめていたけど、なにかの間違いであることを期待して問うてみる。かたかたと揺れるランタンの灯りは地下聖堂の行き止まりまで伸びていた。


『スヴェン・アハスヴェール、剣銘は無貌フェイスレス


 声の主のその躯体、この時の私には宙吊りになった瓦礫の山に見えた。

 それは無数の断片に分かたれていた。柄と刃先の区別さえつかないほど徹底的に。

 二つの語られていない名前はけれど紛れもなくこの聖櫃の主のものであって、その声と形は彼がなぜ隠されてきたかの全てを物語る。


『誰の話をしているかって? 俺の親友で、悪友で、俺がこんな身体になる原因をお創りになられた、神サマってやつだ』

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