君に幸福を。

佐久間泰然

第1話 噂のお姉さん

「図書館にいる綺麗な受付の人、裏で男と寝てるって噂、知ってる? なんか、本を借りるときにメモを渡すと、時間と待ち合わせ場所を書くんだ、彼女持ち以外なら誰とでもヤるって」


 騒ぐ根拠のない噂話を耳にしてしまう。

 「くだらない」と内心一蹴してみたが、童貞で彼女もいないし、そもそも友達と呼べる人が少ない。

 いっそのこと、思い切ったことをしてみるのもありかな。

 この霧がかかった気分、感情を晴らせるきっかけになるかもしれない。

 それに――スマホに反射した自分自身を覗く――父親からの有難い遺伝でなかなか整っていると思う。


 自信がない、わけじゃないんだけどな……。


 チャイムの音でハッとなる。

 しまった、次は理科室だ。慌てて教科書とペンケースを抱えて廊下に出ると、女子が何人か集まっていた。

 通りがかると、軽く跳ねた悲鳴が沸く。

 誰か待っているのかな――。


 ――放課後、半信半疑を抱えながら図書館に歩み寄る。

 道中何度か分刻みで通知音が鳴った。

 眞奈からだ。


『なんで早く帰ったの?』

『どこにいるの』

『まだ帰ってきてないじゃん』


 あぁしまった、連絡を忘れていた。

 「ごめん図書館に寄りたかったんだ」と返信。

 呼吸を整えてから、メモ代わりの紙切れをポケットにしのばせて図書館に入る。

 自動ドアをくぐると、外以上に静かな空間が広がった。

 受付に綺麗な女の人が座っている。

 下目に結んだポニーテールに静けさが似合う表情。多分、彼女がそうなんだろう。

 スラっとしていて尖った輪郭、唇がぷっくり弾けそう。

 ふと女性が顔を上げて、俺と目が合った。

 あぁもう見惚れてないで本借りろ、俺。

 急ぎ足で受付に近い本棚に行き、簡単に読めそうな本を探す。

 純喫茶のメニュー写真がたくさんの本を見つけた。

 パフェとかプリン、カレーが載ってる、父さんみたくまだ調理は上手にできないけど、デザート系ならいけるかな。

 この本を借りよう。

 受付に持っていく、ノートの紙切れも添えて、


「お願いします」


 本を渡す。


「はい」


 受け取った本と紙切れの感触にピクリ、と動きが一瞬止まる。

 俺を静かに見つめる綺麗な目と良い匂いに緊張してしまう。


「学生さんですよね」

「は、はい」

「…………少々お待ちください」


 サラサラとペンが動く。

 本と一緒に紙切れが戻ってきた。


「貸出期限は2週間、延長もできます」

「わ、わかりました」


 体中を駆け巡る血液と心臓の鼓動を感じてしまう。

 図書館を出てやや早足になった。

 歩道の途中でポケットから紙切れを取り出す。


『何か事情があるなら話を聞きます、今夜7時過ぎ、公民館前で待っています』


 整ったどこか可愛らしい筆跡だ。

 噂は今のところ半分合っている。

 でも『話を聞く』か、本気にされていないかも。

 紙切れを大事に折ってポケットにしまい込んだ――。

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