シャナの提案
昼の空は、少しだけ眩しさをやわらげていた。雲が薄くかかっていて、レモネードの氷は、まだ完全には溶けきっていなかった。
わたしは、静かにコップの底を見つめていた。さっきから、アビーもカーラもほとんどしゃべっていない。声はあるのに、音にならないまま空中に散っていくような、そんな沈黙だった。
でも、誰かが何かを言おうとしているのは、伝わってきていた。
アビーはさっき、ぽつんと「晩ご飯、何食べたい?」って言った。その声は、まっすぐに投げられたわけじゃなくて、どこかで少し迷子になったような響きだった。答えが返ってくることを期待してるようで、でも返ってこなかったとしても、もうそれでいい、とも思ってるような。
カーラは、何も言わなかった。手の中でサンドイッチを持ったまま、遠くを見てた。返事をしないことで、何かを守っているみたいだった。
わたしの中には、そのやりとりが、小さな波のように残っていた。言葉が届かない。届いても、つかまえられない。ふたりとも、なにかを思ってるのに、声にならない。
――このまま夜になったら、きっと、もっと話せなくなる。
わたしは、そう思った。
だから、手を軽く上げて、何気ないふりをしたまま言った。
「ミートローフ、食べたくない?」
口にしてから、わずかに胸の奥が跳ねた。ほんの少しだけ、呼吸が変わる。何かが動き出すかもしれないっていう、気配。
カーラはこっちを見て、一瞬だけ間を置いて、そしてぽつりと答えた。
「……うん」
それだけだったけど、その「うん」が、わたしには嬉しかった。
カーラの声は、少しだけかすれていた。でも、その中に、拒絶じゃない温度があった。
きっと、うまく言えないだけで、本当は何かをつなぎたがってるんだと思った。姉たちはどっちも、ちゃんとつながりたいと思ってる。でも、どうやってそうすればいいか分からなくなってるだけ。
だから、食べ物なら、きっとなんとかなると思った。
おなかがすいてるからじゃなくて、食べ物って、どこかで人をまるくしてくれる。ごはんを一緒に食べるって、たぶんそれだけで少し、優しくなれる。
「ミートローフなら、うちに材料あったはずだな」
そう言って、ボブおじさんが立ち上がった。麦わら帽子を指先でつまみながら、わたしたちを見回す。
「冷蔵庫の奥にミンチが残ってたと思う。持ってけ。あと、玉ねぎもあったはずだ」
「ありがとう」
わたしは立ち上がって、おじさんのそばに行こうとしたときだった。
アビーがすっと身を寄せてきて、ボブおじさんの耳元に、小さな声で何かをささやいた。
言葉の内容は聞こえなかったけれど、その表情は、どこか真剣で、ちょっとだけ照れているようにも見えた。ボブおじさんは、少しだけ目を細めてうなずいた。
なにか、アビーも作るつもりなのだろう。
それも、きっとわたしたちのために。
――だったら、わたしもがんばろう。
そう思った。
帰り道は、誰も多くを語らなかった。でも、沈黙のかたちはさっきとちがっていた。空気が少しだけ、やわらかくなっていた。風が吹き抜けると、スカートのすそがふわりと揺れて、土の匂いがほのかに鼻をくすぐった。
夕方に向かう前の、まだ明るい午後。
わたしは、静かに決めていた。
夜は、うまくいくようにしよう。
美味しいご飯を作って、笑える時間をつくる。
ちゃんと仲直りできるように、いま、できることをやる。
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