カーラの楽しみ
食器を片づける音を背に、わたしはさっさと席を立った。二人が何か話してたけど、耳には入ってこなかった。わざと聞かないふうを装ってたわけじゃない。たぶん、そういうときの音って、脳がフィルターをかけちゃうんだと思う。
リビングを抜けて、廊下をすたすた歩く。途中で床が少し軋んだけど、それも気にしない。ラジオの音がまだ台所からかすかに漏れていて、あのアニメの主題歌の一節が追いかけてくる。あれ、シャナが好きなやつ。たしか、もう何年も同じ声で続いてる。
自分の部屋に入ると、薄い日差しが斜めに差しこんでいた。窓は少しだけ開けておいたままだったから、外の空気がゆるく流れこんでくる。紙と金属と、ちょっとだけ埃の匂い。それがこの部屋の匂い。落ち着く。
昨日作った模型が机の上に広げたままになっている。ペンチと導線、空き缶をばらした部品。ファラデーケージの実験。パンフレットには載ってなかったけど、電磁パルスがどうとかいうのを読んだ気がして、試してみたくなった。
机の端に置いていた政府の冊子を手に取って、ぱらぱらとめくる。淡い水色の表紙。紙質がざらついてて、指に少し引っかかる。あんまり読んでる人いないと思うけど、けっこう面白い。特にこの図解、地下シェルターの空気の流れのやつとか、こういうの作った人ってすごいなって思う。
「家族で協力して、希望を失わずに」とか書いてあるページは、たぶん姉ちゃん向け。あの人、そういうの信じてるし、信じたいんだと思う。悪いことじゃないけど、わたしはもうちょっと手を動かしたいタイプ。
クローゼットを開けて、上着を取り出す。ベルトを締め直して、ポケットにちょっとした道具を入れる。靴もひっかけて、ついでに工具箱を片手に持つ。姉ちゃんたちはたぶん、まだ食器洗いか、上着探してるか。シャナはたぶん、靴下を探してる。
台所のあたりをちらっとのぞいて、「先に行ってるねー」と手を振る。お姉ちゃんは「ちょっと!待ちなさい!」って言いかけたけど、たぶん本気じゃない。
裏口を抜けて、庭に出る。空はすっかり明るくて、風が気持ちいい。鶏小屋のあたりをよけて物置へ向かうと、ボブおじさんにもらった予備の工具が入ってる棚がある。こないだのトラクター練習のときに気になったスロットルレバーの締まり具合、ちょっといじれないかなって思って。
金属の工具箱を開けて、中を確認。いけそう。これなら、うまくすればアクセルの遊びが減らせるかもしれない。ボブおじさんには何も言わないけど。
トラクターの練習、ちょっと楽しみ。今日こそ、スピンターンみたいな動きができるかもしれない。舗装じゃないから難しいけど、タイヤのグリップ感とアクセルのタイミングが合えば、ぐっと曲がれるはず。
準備完了。家のほうに戻って、リビングで少し座る。姉ちゃんたちはまだ来ない。テレビでは、アニメの終わりかけ。画面の隅に、ニュース番組のタイトルがもう表示されている。
ソファに背中を預けて、呼吸を落ち着ける。エンジンの音が、頭の中で小さく響いてる。
今日もいい日になるといい。
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