第21話 溢れ出た想い


 ステージの上からでも、私の瞳は彼を捉える。

 

 どうしようもなく、どこにいたっていつも彼を探している。

 

 ずっと、探して、求めていたから。

 

 私に愛を教えてくれた人だから。

 

 そんな彼の温もりを知りたいと思ったから。

 

 でも、こんな気持ちになるなら。

 

 知りたくなかった。

 

 彼『姫路想』は、ステージで誰よりも輝く『真島澄』を見つめていた。

 

 彼の瞳にはわたしは映らない。

 

 彼にとって私は特別じゃないから。

 

 分かっていた。いつかこうなるって。泡沫の夢だって。

 

 それでも、私は彼に愛されたいと願ってしまった。

 

 酷いよ、こんなの。

 

 ーーーーーーーー。

 

 「待てって!帰るって……なんかしたか?俺。」

 

 ミスコンが終わり、笑顔で伊織を迎えた。

 

 でも伊織は瞳いっぱいに涙をためて、「帰ります」と口にした。

 

 困惑しながらも止めているが、徐々に伊織がイラついていていることに気がつく。

 

 「……なにもしてくれないですよね、私に。…そんなに魅力ないですか?私想くんに可愛いと思って貰えるようにいっぱい頑張りました!メイクも服装も!……得意じゃなかったけど、最低限認めて貰えるように!!!」

 

 どうやら、なにか気に触ることをしてしまったらしい。

 

 俺は自分の胸が締め付けられるのを感じた。

 

 もどかしい。彼女のことをわかってあげられない。

 

 今何をそんなに辛いと思っているのか俺は理解してあげられない。

 

 「だから、なに怒ってんだよ。……特別賞ももらって、今日だって……素敵だって何度も伝えたじゃねえか。」

 

 「想くんは!!!私と誰を重ねてるの!?私だよ!私は伊織!!!私を見てよ!!!今日は私とデートしてるんだよ!!!」

 

 それは、伊織がずっとこころに溜めていたモノなのだろう。

 

 ずっと思い続けて、堪えてきた。

 

 

 

 怒りが爆発したかのように、大声を発する伊織。

 

 その言葉に俺は戸惑ってしまう。

 

 誰と重ねているのか。

 

 認めたくはない。気が付かないようにしていた。

 

 だから、俺は否定をする。

 

 「……っ!!!!ちが、違うんだ。」

 

 「何が違うんですか!!!!なら、教えてくださいよ!あの日の約束、本当に覚えているんですか!!!」

 

 重ねて紡がれる言葉。

 

 俺にその答えは持ち合わせていない。

 

 思い出そうと努力している。

 

 それでもどうやったって思い出せない。

 

 オレは歯を食いしばりながら正直に答えることにした。いつもでも黙っている訳には行かない。

 

 「………っ。覚えて……ない。」

 

 「っ!!……帰ります。」

 

 当然の答えだった。雫花さんに言われていた通りだった。

 

 伊織にとって大切な思い出。俺はそれを覚えていない。

 

 俺は澄によって、傷ついた心を伊織で埋めようとしていた。

 

 それは紛れもない事実だ。

 

 俺のどうしようもないヘタレなところに嫌気をさしたのだろう。

 

 伊織は涙を零しながら、その場を後にする。

 

 俺に追いかける資格なんてない。

 

 「まっ……て。」

 

 絞り出した微かな声。

 

 伸ばした手。

 

 何事も無かったかのように、雑踏の中に埋もれていった。

 ーーーーーー。

 

 無気力に学園祭を回る。

 

 さっきまであんなに楽しかったのに、一人になるとまるで楽しめなかった。

 

 伊織の無邪気な笑顔が、俺の心を癒してくれていた。

 

 明るくて、可愛らしくて。

 

 こんな俺に懐いてくれて。

 

 「俺は最低だな。」

 

 昔仲の良かった澄。今だって仲が悪いわけじゃない。

 

 だが、俺の思い出の中では小学生の頃が一番澄と楽しく過ごせていた。

 

 その頃の澄と過ごした時間に伊織を重ねた。

 

 あの頃の澄の面影を、伊織に重ねていたんだ。

 

 刹那、見覚えのある黒髪の少女が俺の横を走りながら通っていく。

 

 「っ!?」

 

 俺の足は気がついた時には動いていた。

 

 考えるよりも先にその手を伸ばし、少女を抱き寄せる。

 

 刹那、少女の瞳から涙が弾けて、オレは言葉を紡がずにはいられない。

 

 「……悪かった、伊織。」

 

 俺は強く抱き締め、その名前を呼ぶ。

 

 「……え、想?」

 

 その声に違和感を感じ、1度少女を離す。

 

 するとそこに居たのは、伊織ではない。

 

 瞳に大量の涙を浮かべた澄だった。

 

 「っ!?す、澄!!どうした!なんか、あったのか!」

 

 俺は先程の見間違えなど気にもとめず、澄を心配する。

 

 そして言葉を発したあとで後悔が先行する。

 

 なにやってんだ?俺。

 

 澄と伊織を間違えた?

 

 それに今更何心配してるんだ?

 

 こうなるって分かっていたじゃないか。

 

 修司の気持ちも、澄の気持ちもわかった上で背中を押したんじゃないか。

 

 オレが辛くなってしまったから。

 

 「想……私!!!」

 

 俺が自分の思考と後悔にとらわれていると、澄が抱きついてくる。

 

 「……え?」

 

 求めていた温もり。

 

 黒髪が大きく揺れて、優しい香りに包まれる。

 

 そうか。この黒髪。

 

 だから、見間違えたのか。

 

 そういえば、伊織と澄は父親違いの姉妹だったな。

 

 重ねるのも仕方ないか。

 

 今この手を、伸ばせばそこに澄がいる。

 

 泣いて、俺に抱きつく少女。

 

 ずっと好きで、そばにいたかった彼女。

 

 どれだけ焦がれて、求めていただろうか。

 

 今ここで抱き寄せて、『俺が傍にいる』って伝えたらきっと想いを叶えられる。

 

 あんなやつのところなんて行くな、傷付くだけだ、俺がいるじゃないか。

 

 何度言葉をかけようとしただろう。

 

 そして、諦めてきただろう。

 

 だけど。

 

 手を伸ばした刹那、脳裏に1人の少女の笑顔が浮かぶ。

 

 俺はまだ、あの子をちゃんと見ていない。

 

 ーーーーーー。

 

 俺はゆっくりと、澄から離れる。

 

 「どうしたんだ?俺で良かったら、話聞くぞ?」

 

 優しく俺は澄に笑い返した。

 

 今ここで澄に甘えていたら俺は絶対に後悔する。

 

 なにより、今は伊織のことが頭によぎった。

 

 いい加減、気持ちに蹴りをつけないとな。

 

 どちらにも失礼だ。

 

 伊織のあの涙に胸が締め付けられた。

 

 見間違えたとはいえ、気がついた時には手を伸ばしていた。

 

 知らないうちに俺の中で伊織は大切な一人になっていた。そんなことに今更、気がついた。

 

 なにより、修司のことで一喜一憂する澄を見ていたら、もう気持ちに整理はついた。

 

 ーーーーーーー。

 

 「大丈夫だよ。澄、あいつの目は俺が。必ず。」

 

 「……え?」

 

 話を聞き終えた俺は決意を露わにする。

 

 伊織のことは気がかりだ。

 

 それでも、俺は親友としてできることをしなければならない。

 

 そうすることで、俺も本当の意味で前に進める気がしたから。

 

 澄は俺の言葉に唖然としている。

 

 「一番アイツとの思い出があるところに行くといい。俺はさ、あのバカにイッパツ入れてきてやるからよ!」

 

 「……うん、そうだね!キッツイの頼むわ!」

 

 「任せておけ!いい加減俺も腹たってきたからな!」

 

 「……ありがとう。想。私また想に甘えようとしていた。」

 

 「気にすんな!俺とお前の仲だろ?……それに、いつもお前に甘えてたのは俺だからよ。……俺に恋を教えてくれてありがとうな!」

 

 「……っ。私、行くね。」

 

 「ああ、またみんなで集まろうな。」

 

 「うん!」

 

 すこし申し訳なさそうに、それでも何も言うことはなく澄は俺に背を向ける。

 

 ずっと意地を張って口から出なかった言葉。

 

 今更になって言葉にできるなんて。

 

 皮肉にも、簡単に言葉として発することが出来た。

 

 なによりも重荷が取れて、スッキリしている。

 

 見送る澄の背中にも迷いは見えない。

 

 そうだ。それでいいんだよ。澄。

 

 寝坊している王子様は、俺がぶっ飛ばしてきてやるからよ。

 

 俺は怒りを拳に込める。

 

 いい加減、黙ってられない。

 

 優柔不断で、いつも澄を泣かせて。

 

 逃げて、でも求められて。

 

 うらやましいヤツ。

 

 何でも持っているヤツ。

 

 そしてそんなどうしようもないやつを俺は放っておけない。

 

 どこまで行っても、俺は澄の友達で、修司の親友で、二人の幼なじみだから。

 

 修司、悪く思うなよ。

 

 そして、伊織待っていてくれ。

 

 俺は修司がいるという中庭へと足を急がせる。

 

 また女の子をたぶらかして、澄を困らせるタラシ野郎に。

 

 きつい一撃をお見舞いしてやんねーとな!

 

 ーーーーーーー。

 

 「お兄ちゃんってさ。……昔から思ってたけど、馬鹿でしょ?」

 

 修司と初めての大喧嘩をした。

 

 きつい一撃どころか沢山殴った気がする。

 

 俺もいいモン喰らったしな。

 

 中庭に転がる俺を呆れたようにメイが話しかける。

 

 そのままどこから持ってきたのか救急箱を手に手当してくれる。

 

 「いっつつ。優しくしてくれよ。」

 

 「美少女アイドルに手当されてんのよ?文句言わない!」

 

 「いたあっ!」

 

 乱暴に消毒されるとバシン!と絆創膏を貼られる。

 

 「……あれだけシュウちゃんに言ったんだから、本当に気持ちに決着ついたんでしょうね」

 

 メイは少し鋭い瞳で俺を睨む。

 

 「正直よくわからん。初恋だからな。まだ引きずってるかもしれないし、案外気にしてないかもしれない。でも俺の想いは届かないって、もうわかったから。未練はないよ。」

 

 「ふぅーん。……だれかいい人でもできた?」

 

 俺は話しながら、体を起こす。するとメイはオレの隣に体育座りして上目遣いに俺を見上げる。

 

 「なんでそう思う?」

 

 「前のお兄ちゃんなら、きっと澄を追いかけてた。」

 

 「だろうな」

 

 「だから、いい人出来たのかなって。」

 

 「悲しませたくない人は出来たのかもな。」

 

 「……ジェラシーすごいかも」

 

 メイは俺の話を聞き終えると、顔を膝に埋める。

 

 きっと、寂しいのだろう。

 

 オレは微笑むとそっと頭を撫でる。

 

 「メイは俺にとって大切な妹だよ。」

 

 「……今はそれでいいことにする。」

 

 「……ん?」

 

 メイはそう言うと、オレの撫でていた手を両手でおさえる。

 

 疑問符を浮かべる俺を気に止めることなく、その手をメイの頬に持っていく。

 

 「あったかい。」

 

 「汚れちゃうぞ?」

 

 「……お兄ちゃんになら、いいよ?」

 

 メイはそのまま俺の手を強く握り、微笑む。

 

 「私、お兄ちゃんが気がつくまで頑張るから。応援しててよねっ」

 

 「え?ああ、うん。頑張れよ」

 

 何の話をされたのかさっぱり分からないが、満足気なメイにこれ以上何かを言うのは野暮だろう。

 

 それに頑張るメイの姿はいつも応援したくなる。

 

 頑張れよ、メイ。

 

 「ライブもミスコンもすごく良かったぞ。よく頑張ってるな。」

 

 「お兄ちゃんがアイドルを勧めてくれたおかげだよ。」

 

 「……ん?そうだったけ?」

 

 「うん!そうだよ!え〜忘れたの?」

 

 「す、すまん?思ったことそのまま言ってるから、あんまり覚えてなくてな」

 

 「もぅ〜!……でも、お兄ちゃんらしいや。……それじゃあ、私行くね!」

 

 少し頬をふくらませた後、微笑んでくれる。

 

 一度背を向けたが小声で「これぐらいいいよねっ」と呟く。

 

 刹那、頬に優しく口付けされる。

 

 「お、おぉ。」

 

 俺はなんと反応していいか分からずそんな声を漏らす。

 

 照れくさそうに顔を赤らめると去っていく。

 

 全く照れるならやるなよ。

 

 それにしても気が付かないうちに大人になっているんだろうな。

 

 オレはなんだか、出会った頃のツンケンした態度を思い出して笑えてくる。

 

 変わっていないのは俺だけなのかもしれない。

 

 俺は切り替えるように立ち上がると、スマホの地図アプリを起動させる。

 

 「……伊織と初めて会ったのは、きっと6年前だ。……俺が事故にあった日…。」

 

 俺は目的地の3つの公園を確認すると、スマホをポケットにしまう。

 

 「……いくか。」

 

 澄と修司との関係にケジメはつけた。

 

 あとは伊織だ。

 

 俺は公園へと足を急がせた。

 

 ーーーーーー。

 

 伊織は俺と初めてあった場所、約束にこだわっていた。

 

 今ならきっと間に合うはずだ。

 

 俺が忘れている記憶。走りながら記憶を追憶していく。

 

 あの当時俺には何があった?

 

 何を思っていた?

 

 そんなことを思い出していく。

 

 部活の時、必死に走っていた道。

 

 なんであんなに必死だったのだろう。

 

 答えは簡単だ。

 

 修司に負けたくなかったからだ。

 

 俺が澄にとっての一番になりたかった。

 

 バカみたいな話だけど、小学生の頃突然現れた王子様にお姫様を取られた。

 

 そんな感覚だった。

 

 俺もあんなふうにキラキラしていれば、キラキラすることが出来ればきっと取り戻せる。

 

  そう思ったんだ。

 

 だからあの日から俺は勉強やスポーツを頑張るようになった。

 

 恋心に気がついた時にはきっと遅かったんだと思っている。

 

 いくら成績が上がっても、いくらスポーツを頑張っても澄から向けられる目線に変わりはなかった。

 

 当たり前だ。

 

 勉強やスポーツが出来ていたから澄が修司を好きになったわけじゃない。

 

 あの前向きで、偏見がないあいつだからこそ好きになったんだ。

 

 誰に対しても分け隔てないあいつだからこそ、澄のココロを掴んだんだ。

 

 中学になってそんなことに気がついていたような気がしていた。

 

 それでも、振り向いて欲しいという気持ちと、負けたくない気持ちがあった。

 

 段々と気持ちを押し殺すようになっていたのも事実だ。

 

 どんどん離れていく距離に焦りも感じていた。

 

 そんなぐちゃぐちゃな毎日が始まっていたと思う。

 

 俺が俺になった日。それはそういうことなのだろうか。

 

 雫花さんの言葉を思い出しながら、歩みを進める。

 

 ーーーーーー。

 

 青葉緑公園にようやく着く。

 

 こんな距離があったのだろうか。

 

 記憶を巡っていたせいで、とても長く感じた。

 

 辺りは木々が生い茂って、緑が視界を埋める。

 

 一通り、公園を見渡してもその姿はない。

 

 「っ……」

 

 息を整えつつ、気持ちを切り替えて次の公園目指す。

 

 ーーーー。

 

 あのころの景色が俺の記憶を加速させて気持ちまで戻ってくるような感覚がある。

 

 じわりと汗が滲んできて程よく体が温まる。

 

 あの当時は本当に澄のことでいっぱいだった。

 

 あと記憶に残っているのは、あの日だ。

 

 雨が降って、澄がいなくなって、胸騒ぎが止まらなくて。

 

 中学に上がって修司との関係が明るみになると、いじめを受けるようになった。

 

 元々いじられるタイプであったが、誰の目から見ても悪質ないじめだった。

 

 あの辺りからだ。修司は日に日に心をすり減らして自信を無くしていった。

 

 持ち前の明るさで最初はどうにかなっていたものの集団の力はすごく押し負けるようになって行った。

 

 オレはあの頃と変わらず、怖くて手を出すことが出来なかった。

 

 いじめを受けても純粋に笑いかけてくれる澄。

 

 澄を守って心をすり減らす修司。

 

 俺は何か友達としてできることがないかと、あの日はみんなで久しぶりに遊ぼうと提案したんだ。

 

 俺に出来ることはそれぐらいで、何も変わられていない自分に腹が立って。

 

 ギリギリまで部活に打ち込んでいた。

 

 修司と澄とは後で合流することを伝えて。

 

 ーーーーーー。

 

 「はぁはぁ!!!」

 

 息がさすがに上がってくる。

 

 よくこんなに走っていたもんだ。

 

 無駄にオシャレしてきたせいで、靴も歩きにくいし、動きにくい。

 

 最悪なコンディションだ。

 

 というか、伊織と屋台回りすぎてお腹が痛え。

 

 ようやく二件目の公園。

 

 「っ……ぐっ!?」

 

 公園を見回していると頭痛が襲ってくる。

 

 なんだか、走ってきた疲労よりも違う何かが全身を襲う。

 

 近くの自販機で水を買い、ベンチで休む。

 

 流石にペースを考えて走るべきだった。

 

 この公園にも伊織はいない。

 

 本当に帰ってしまったのだろうか。

 

 たとえそうであったとしても着実に記憶が蘇ってきているのがわかる。

 

 風が吹き抜けて、少し落ち着きを取り戻していく。

 

 ハルカゼ公園。

 

 ここの公園も記憶には一致しない。

 

 俺は少しの休憩を終えて最後の公園を目指す。

 

 ーーーーーーー。

 

 俺の中で初めて会った時の伊織を思い出す。

 

 どうしようもなく澄に似ていて、それこそ中学生のときを思い出して助けた。

 

 今日だってそうだ。

 

 今度は澄を伊織と間違えて抱き寄せた。

 

 俺はどうしようもなく伊織と澄を間違えるらしい。

 

 我ながらアホすぎるが、そこにヒントがある気がした。

 

 もしもあの時のように澄が襲われていると思って助けたのなら。

 

 全然接点のなかった伊織に出会うきっかけになるような気がした。

 

 『覚えててくれたんですね!』『大好きです』『あの日と同じですね』

 

 初めてキスされたあの日伊織は俺にそう言った。

 

 そんな偶然あるかと思い悩むが、なんだかがむしゃらに部活をしていたあの日ともう一度伊織と、あった日の気持ちが重なる。

 

 周りと衝突を恐れてけっきょく守れなかった澄。

 

 俺は結局変われず、自分に嫌気がさしていた。

 

 強くなりたいと、勇気を出したいと、変わりたいと、守りたい、そう思っていた。

 

 2度目に伊織と会った時もそうだ。

 

 高校、大学と時間を得ても澄に一歩踏み出せなかった。

 

 そばにいても手を伸ばせなかった。

 

 そんな時に襲われている伊織に出会ったはずだ。

 

 「ぐっ!?」

 

 愛野タイヨウ公園が見えてくるのと同時に、再び酷い頭痛が襲ってくる。

 

 知っているんだこの公園。

 

 この頭痛が何よりもの証拠だ。

 

 あの日にオレは伊織と会っている。

 

 ーーーーーーー。

 

 公園の中心。

 

 屋根のあるベンチで、蹲る少女が視界に入る。

 

 良かった、やっぱりここにいたのか。

 

 ーーーーーー。

 

 「伊織、すまなかった。……俺さ、お前と出会ったあと、事故にあってさ。あの日の記憶曖昧なんだ。」

 

 俺は頭を抑えながら、隣に座る。

 

 伊織は顔を膝に埋めて、こちらに顔を向けてくれない。

 

 オレはそのまま続けることにする。

 

 「ずっと、覚えてるフリして、すまなかった。……ずっと……澄と重ねてしまってすまなかった。」

 

 俺は伊織のことをもっと知りたい。

 

 思い出せないけど、したという約束も思い出したい。

 

 きっと、伊織は俺に変わるきっかけをくれた人だから。

 

 こんな俺に懐いてくれて、俺も嬉しかったから。

 

 ちゃんと向き合いたいんだ。

 

 「……伊織……だから、さ。少しだけ、俺の話聞いてくれないか?」

 

 俺は伊織を覗き込むように、声をかけた。

 

 刹那。

 

 何が起きたか理解できなかった。

 

 須永舞い上がって、口の中服の中が砂まみれになっている。

 

 「ごふっ!けほっ!?」

 

 沙を吐き出すように体を起き上がらせ、自分が砂場に吹き飛ばされたと時間差で理解する。

 

 「……誰だ?お前」

 

 目の前に立ち、俺を見下ろす少女は明らかに伊織ではなかった。

 

 誰だ?おまえとそう呟かれる。

 

 見た目はどう見たって伊織だった。

 

 何度も見間違えてきたが、今度は間違いでは無い。

 

 でも明らかに脳が伊織であると認識しようとしない。

 

 それは発せられた声からなのか、雰囲気からなのか、とにかくそこに伊織が居ないことは確かだった。

 

 「……伊織?」

 

 「だれだよ、伊織って。勘違いしてんのか?ああ!?」

 

 伊織の声で、伊織の姿であまりにも似合わない言葉遣いだ。

 

 全身に悪寒が走った。

 

 この状態にしてしまったのは紛れもない自分であると不思議と理解したからだろうか。

 

 伊織の中に眠っていた何かを俺は呼び覚ましてしまったようだった。

 

 どうやら、オレの溢れ出した想いは遅かったようだ。

 

 そんなことを今更理解して、もうあの笑顔がそこにはなくて。

 

 俺はまた手を伸ばせなかったと痛感した。

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