第20話 学園祭と本気
澄と漫研の前で別れて数分。僕は自分の学科の手伝いをしていた。
「メイド喫茶だからって男までメイド服にならなくても……」
僕はため息をつきながら、食事をお皿に盛りつける。
漏れる言葉はこの催しへの不満だ。
「お待たせしました……ニャン!こちら、オムライスです!……ニャン!」
僕は引きつった笑顔のまま接客をする。
女性陣曰く女子だけ恥ずかしい思いをするのはおかしい、との事で。
男子も『同じ気持ちを味わえ』ということらしい。
ただでさえも男でメイド服という恥をかいているのに、語尾にニャンをつけなければならないのは地獄だ。
だがまあ、岸のことを気遣ってのことだろう。
男の格好させても女性の格好させても嫌な思いをしたはずだ。
だからこうして、全員が同じ服を着ることで守れるというわけだ。
だが、語尾にニャンはないだろう。ニャンは。ニャンてこっただよ、まったく。
女性客は男性が対応。男性客には女性が対応という感じで接客している。
澄は来てくれるのだろうか。来たところで恥ずかしいけど。
少しメイドに慣れてきたところで考える余裕が出てくる。
すると先程までの楽しい思い出と共に、漫研に強引に連れて行ってしまったことへの後悔が生まれた。
「好きだと思ったんだけどな……」
少し調子に乗ってしまったと後悔する。手まで繋いではしゃぎすぎたのだろうか。
客の居なくなったテーブルを綺麗にし紙の食器類を片付ける。
澄とオタク仲間である想ならもっと上手くできたのかな。
別に僕は澄の趣味を否定したことは無い。
だが、彼女は僕に対してだけその開示はしてくれない。
むしろ近づけば近づくほどに彼女の本音が見えなくなる気がする。
僕には、やはり澄と付き合うのは無理だと突きつけられた気がした。
もとより、楽しかったあのころに戻るつもりなのに。
どうしても2人で過ごすと楽しくて。
好きだという気持ちが再燃する。
きっと本当は、本当の僕は……。
そこまで思考したところで、邪念を振り払う。
いけないいけない。
役割に集中しなければならない。
「なんだか集中できてないね、修司。」
ふいに声をかけられてより一層意識が覚醒する。
「ああ、ごめん。」
「お連れさんと何かあったの?」
気さくに声をかけてくれたのは岸だ。
相変わらず小柄で可愛らしい。
メイド服のパンチもあって、見た目は乙女のそれだ。
「ちょっとね。色々考えちゃって。」
「そうなんだ?」
「うん、ごめんな。気をつけるよ。」
「あっ、ううん。違くて。」
「ん?」
「今空いてるし、息抜きに抜けてきたら?ステージの準備もあるでしょ?」
気をつかってくれたのだろう。にこやかに提案してくれる。
岸が指さした通り、今の所客の数も少なく抜けても良い状況と感じる。
「ねっ」
可愛らしい微笑みに、癒されつつ僕は厚意に甘えることにした。
「いいのか?」
「うん!楽しむこと、頑張ること、それと同じぐらい休むことも大切だからね」
「ありがとう、少し休んでくるよ」
「うんっ」
僕は重い足取りのまま、着替えを終える。
岸に気を遣わせてしまい、抜けることになり、なんとも不甲斐ない気持ちだ。
気持ちを切り替えるためにもしっかり息抜きしなければならない。
この後にまだ仕事は残っている。
それに澄ともまだ遊ぶ予定だってある。
切り替えるんだ、僕。
ーーーーーーー。
少し時間が空けたものの、何もすることは浮かばない。
結局目的地である体育館に着いてしまう。
我ながら面白みのない男だ。
息抜きと言っても一人ではっちゃけることも出来ない。
どこか周りの景色が灰色で俯瞰してみている。
澄と過ごしていた時はもっと輝いていたはずなのに。
僕はきっと『あの日』から進めていない。
他人の期待が嫌で。
自分のことが酷く不甲斐なくて。
澄の輝きに甘えている。
ーーーーーー。
『ミスコン』まではまだ時間はある。
僕はそのあとのスポーツショーに参加する予定だ。
その準備をしに来たが、さすがに早すぎたか。
体育館には人がまばらでミスコンの準備に勤しむ人、駆け回る役員の姿がよく目に入る。
流し目で周りを見ていると見慣れた姿が目に入る。
「やめて、嫌ですってば!ホントにこういうの無理なんです!私想くんと楽しみたいだけなの!」
「絶対いい線行くって!お願い!それに想にもいいとこ見せたいでしょ!ねっ、ねっ!」
「やめてよ!まじふざけるな!これだから陽キャは嫌いなんだ!」
「まあまあ!行きましょ、行きましょ!!」
「いぃいいいやああああっ!!!」
誰かと思えば白雪さんと神崎さんが何やら押し問答をしている。ステージに行ったり戻ったりしている。どうやらミスコンに勧誘されているようだ。
周りに連れの姿はない。
だが、2人ともひと目で気合いが入っている事がうかがえた。
神崎さんはいつもよりオシャレに着こなされた洋服のせいで、一瞬誰か分からなかった。
デートにでも来ているのだろうか。
清楚な印象を与えるが、しっかりと女の子らしい姿だ。
白雪さんの方は、メガネに帽子といったスタイルでお忍びであることが伺える。
逆にデートっぽい。
みんないい人がいるのだなと他人事のように傍観する。
しばらく傍観していると、観念したようにステージに連れていかれる神崎さん。
ファイトだ、神崎さん。
ミスコンでの外部オーディションはすべて白雪さんに一任されている。
僕に止める術はない。それにまた怒られそうで怖い。
『あなたは誰なの?』か。
未だに何の話かさっぱりだ。
ーーーーーー。
僕は観客席に腰掛けるとぼーっとする。
「このままぼーっとしてよ」
僕はステージの催しに目をやりつつ、ここでミスコンまで待機することを選択した。
軽音部のライブやメイのパフォーマンスもあった。
どれも学園祭を大いに盛り上げていく。
ミスコンに向けて会場のボルテージは最高潮に盛り上がっていると言えよう。
ーーーーー。
しばらく呆然と過ごしていると、携帯の通知が何通か来ていることに気がつく。
「あっ……」
どうやら僕は澄に連絡するのを忘れていたらしい。我ながらなんという体たらくだ。
本当に疲れているのだろうか。そう思えるぐらいになにも考えていない時間を過ごしていた。
『ミスコン出てきます、あとで合流しよ』
通知を見て驚いてしまった。澄がミスコンに出るとの事だった。
きっと素敵なんだろうなと思う反面、心が黒く染まるのを感じた。
「……いっつ」
不意に胸が苦しくなって、嫌な気分に襲われる。
僕は一体どうしてしまったのだろう。
『嫌だ、他の誰かに澄を知って欲しくない。』
『僕から離れないでくれ。』
『本当は僕と……僕が……!!』
「っ……!」
なぜだか頭痛がする。酷く心が痛い。
本当に疲れているんだな。僕は。
ーーーーーー。
ミスコンが始まると、会場は人で埋めつくされる。
ほぼ知り合いしかいないミスコンが始まり、なんとも言えないハラハラ感があった。
だが、澄が前に出た瞬間、全てがどうでも良くなった。
視界には澄しか入らなくて。
視界の全てが彼女へと集中して。
頭がクリアになって。
純粋に想いがこぼれる。
「僕は……やっぱり、君のことが……」
客観的に澄を見てようやく素直に気持ちが溢れてくる。
苦して辛くて蓋をした気持ち。
でも今はとても素直に気持ちを吐き出せる。そんな気さえしてくる。
ステージで煌めく澄。
観客席でその美しさに魅了されるだけの僕。
一体いつからだろう。こんなにも距離が出来たのは。
こんなにも距離ができてしまったことに、後悔しか生まれない。
「……隣にいたはずなのにな」
僕の頬にはいつしか涙が流れていた。
「きみのそばに……いたいよ……」
いつの間にか、光り輝く澄に僕は手を伸ばすことすら出来なくなっていた。
その現実に自嘲気味にわらうと僕はステージを後にした。
ーーーーーー。
『中庭でイベントの準備あって。』
『体育館でその後イベントやるから見に来てね。』
『ミスコン凄く素敵だった!外部賞おめでとう!』
僕はありきたりな文章を送ると、中庭での作業にもどる。
「って言ってもウォーミングアップと体育館への荷物運びだけか。」
僕は荷物を次々と体育館へ運んでいく。
「ふう。」
一息ついたところでボトルの水を飲み干す。
そんなことをしていると、不意に見知った顔が近くにあることに気がつく。
「お疲れ様。……タオルどうぞ」
どうやら動いているうちに汗をかいていたようだ。手渡されたタオルを使い軽くお礼を言う。
汗を拭き取ると、真面目な面持ちのメイと目線が合う。
「少し話さない?」
「ん?いいけど……。ちょうど一段落したし、ちょっとなら。」
急な誘いに一瞬困惑するが、運営に関する相談だろうか。
メイには有志で参加してもらった。ミスコンもライブも盛り上がっていたように思える。
中庭の奥。校舎の影になるところに連れていかれる。
「ミスコンおつかれ、今日はありがとうとね。」
僕は改めてお礼を伝えることにした。歩きながらメイに話しかける。
「ううん、私も楽しかったから」
「それなら、よかった。……それで、話って?」
中庭から少し離れたところに着くと、僕は本題に入る。
僕の経験上、こういう展開は嫌な予感しかしない。
メイに限ってそんなことは無いと思うのだが、なるべく刺激しないようにしよう。
きっと、あまり良い話では無い。
せめて、告白では無いことを祈ろう。
メイに限ってそんなことはないとは思っているのだが、どうしても不安に駆られる。
人気の少ないところ、2人っきり。以前のメイの積極性。
僕は話を聞く決意をした。
ーーーーーーー。
「ねえ、シュウちゃん私とお付き合いしない?」
刹那、僕の願いを断ち切るように語られたメイの言葉。
今までどんな人に告白された時よりも全身に嫌悪が走った。
メイの瞳にはどこまでもひかりは灯らない。
笑わない瞳に嘘くさい笑顔。
全身に悪寒が走る。
僕はあまりの嫌悪に、全身が戦慄していた。1歩、2歩と後退する。
「……っ!……っ!!」
声にならない呼吸をゆっくりして、ようやく意識を取り戻す。
僕はメイのことを今恐れている。
恐れてしまっている。
本当に理解できないほどに、彼女は僕のことが好きでは無いと理解できるからだ。
そう、だからこそだ。理解できないことが起きている。そしてそれが、偽りであると理解出来ている。
怖い。
こんなにも本気では無い想いははじめてだ。
今までされてきたどの告白よりも不快だ。
僕のことなんて1ミリも見ていないじゃないか。
君が好きなのは想だろう?
不安と恐怖は頭の中で整理していくことで次第に怒りへと変換されていく。
僕のことを舐めているのか?
僕は歯を食いしばり、大きく一歩を踏み出す。
勢い余ってメイの後ろの壁を大きく叩く。
「ふざけてんの?」
想像以上に頭にきていたらしい。低い声が出た。
「別にふざけてないけど?」
「僕は澄のことが好きだ。知ってるだろ?」
他人にならいくらでも本気の言葉が出せる。
怖いくらい素直に言葉が出た。
「でも、付き合わなかったよね」
男に迫られているというのに、メイは全く動じることはない。
余裕を見せながら薄暗い瞳が僕を捕える。
「好きだからって、付き合わなきゃいけないのか?」
「そうは言ってない。」
「ならなんだよ?」
数秒会話が止まる。
僕達は互いに睨み合いながら、次の言葉を待つ。
「付き合えないと思ったんでしょ?守れないって、幸せにできないって。違う?」
「メイに何がわかるのさ。」
「私だからだよ、私だからわかるの。」
メイは怪しげに微笑むとボクの頬に触れる。
驚くほど冷たい掌に、ボクは顔を背ける。
「やめろって。」
「わかんないかな。取引しようって言ってんの。お兄ちゃんと澄がしたみたいに、さ。」
「取引…?」
想と澄がしたようにというのは、付き合うふりということだろうか。
「僕は二人がなんであんなことをしたのか分かってない。」
「お兄ちゃんは澄と付き合うため。澄はあんたともう一度仲良くなるためだよ。そんなことも分からないわけ?」
「なんの得があるのさ。僕は余計、身を引いた。二人が結ばれるならって。」
「この際2人の思惑はどうでもいいのよ。『ふたりが結ばれるなら』それは私も思うのよ。だから私たちが付き合えば、あの二人は付き合うしかなくなる。ううん、私じゃなくたっていい。あなたさえいなければ、お兄ちゃんは澄に本気になれる。そう思わない?そして、それが正解だと。」
「っ!?」
いつもどこかで思っていた。
澄と想の間に僕が入ってしまったのがいけないって。
想が澄を好きなのを知っていたのに。
僕は彼女を求めてしまった。
そばにいたいと思ってしまった。
でも結局僕は彼女を傷つけた。
変えてしまった。
今でも僕は澄のそばにいるべきじゃない。
そう思う。
でも。
僕はゆっくりメイから離れる。
「シュウちゃん?答え出たのかな?」
メイは薄ら笑いを浮かべて期待の眼差しを向けてくる。
その瞳にそれまで隠していたメイの本気が一瞬見えた気がした。
「ふたりが付き合うならって思うし、ボクは今でも自分じゃ澄を守れないって思ってる。それでも……『この気持ちにウソはつきたくない』」
僕の言葉を聞くと薄ら笑いとどこかにあった余裕のようなものは消えていく。
いや、きっと余裕に見えていただけで、とっくの昔に彼女は限界を迎えていたのだと思う。
取り繕って虚勢をはることでしか自分を守れなかったから。
きっと僕の言葉は彼女にとっていちばん言われたくない言葉だろう。
みるみるうちにメイの表情は暗くなっていく。
そして、耐えて耐えて我慢してきたものが溢れ出る。
「……なんで。どうして。なんで。どうしてっ!?」
ブツブツと小声で紡がれる言葉。次第に声は大きくなっていく。
そして、爆発する。
「どうしてっ!?どうしてよっ!!!!ふたりが付き合うべきってアンタも思うんでしょ!?なら協力してよ!それぐらいいいじゃん!!!私はぁっ!お兄ちゃんに幸せになって欲しいの!嘘ぐらいいいじゃん!みんなやってる!嘘ついて、騙して!人前で取り繕って!!!みんなそうじゃん!!!……あんたみたいに正直でめんどくさいのが1番腹立つのよ!いいから私の言うこと聞きなさいよ!それで全部うまく行くの!!!」
メイは急に感情が爆発したように涙を流す。
腕を強く捕まれ体を揺らされる。
彼女は嘘というものに敏感だ。
何度も裏切られて、周囲を恐れて生きてきた。
ボクは他人の期待が嫌いだ。
でも彼女はきっと、いつも他人に期待して裏切られて生きてきたんだと思う。
大好きな母親からの暴行、周囲の人の影に潜む悪意、芸能界での心無い言葉、救ってくれた兄に向ける感情。
ほとんど想が僕に聞かせてくれた話。本人の気持ちなんて分からない。
僕がわかるのはこの子はどうしようもなく想のことが好きで、今はどうしていいかわからないんだ。
「嘘なんて良くない、嫌だ、そう思ってるから、今メイは辛いんだろう?」
いつしか僕の中で沸き立つ怒りは消えていた。
彼女のことがなんとなくわかったからなのかもしれない。
この子は僕に似ていて似ていない。
でも分かるものがある。
「わかったようなこと言わないでよ!私は!ただ澄に同じ思いを味合わせたかっただけ!私のお兄ちゃんに酷いことしたから!だから!」
僕は優しくメイの頭を撫でる。
「なら尚のことだろ。僕なんかに構ってないで、想のところに行った方がいい。想を守らないとな。」
メイはブンブンと頭を揺らし、僕の手を弾く。
「もう訳わかんない!どうしたらいいかわかんないの!お兄ちゃんは澄のこと好きだし!シュウちゃんは澄と付き合わないし!澄とお兄ちゃん急に付き合い出すし!お兄ちゃんは全然振り向いてくれないし!!私の想いなんて迷惑だし!気持ち悪いって思われるかもしれないし!もうこうするしかなかったの!!!」
感情が爆発したように溢れ出るメイの想い。
まるで子供のように地団駄をふむ。色んな思いに束縛されて外に解き放つことを恐れて生きてきたのだろう。
だからこそいつしか本当の想いを吐き出せなくなって行った。
鈍い僕だって分かるんだ。
本気で、大好きで、どうしようもなくて。
訳も分からないぐらい大好きなんだと伝わってくる。
彼女の中にある本気が見えて安心してくる。
「本気で話してるそっちの方がずっといい。本気の想いを無下にするような男なのか?想はさ。」
「……違う」
妹のようで、子供のようで。
泣きじゃくる彼女を僕は本能的にそっと抱き寄せる。
「よく、頑張りました。もういいんだよ、無理しなくて。」
僕は軽く慰める意味で行ったのだが、離れようとすると強く抱きしめられる。
「もうちょっと。少しだけでいいから。」
「ああ。わかんなくなるよな……恋って。」
「……うん。ごめん、私が間違ってた。……ありがとう。」
「ああ。」
メイは僕の胸の中で泣いていた。
ーーーーーーー。
しぱらくしてようやく落ち着いたメイ。
「シュウちゃん……シュウちゃんもいつか、本気で澄に想いをぶつけられるといいね。……それは難しいことだって理解はしてる。……でも私にあれだけ啖呵切ったんだから、ガッカリさせないでよ?」
「……善処……するよ。僕なりに、ね。」
「……私の言葉じゃ説得力ないか……あはは。……それじゃ、ありがとね。」
彼女を送り出し気持ちを切替える。
あとはイベントを終えて、澄と普通に接すればいい。
刹那。
僕の視界は青空を見上げていた。
体が言うことを聞かず、時間差で宙に浮いていることに気がつく。
「っ!?」
頬に激痛が走り、体が回転しながら転がっていく。
「馬鹿野郎っ!!!!」
「いってぇ……」
僕は地面に転がり、気がつくと壁際まで体を移動させていた。
ようやく体の自由を取り戻し、顔を上げると激昂した想の顔があった。
「……え?想?」
僕は状況が飲み込めず、疑問符を浮かべる。
どういうことだ?僕は今殴られたのか?
想に?どうして?
問答無用で想は僕の襟首を掴む。
「澄泣かしてどうすんだ!!!何回泣かせれば気が済むんだよ!!!!」
「……意味がわからない……どういう」
「わかんねえなら教えてやるよ!!!いつまでもいつまでも!!好きなのかどうかわかんねえ態度取って困らせて!!!挙句用事とか言って他の女抱きしめてたってか!!!いいご身分だな!クソ野郎がっ!!!」
想の罵声が止まらない。なにも理解できない。
だけど、この強い言葉はとてもいまさっき起こったものでは無い。
想の本気の想いだ。
僕に抱き続けてきた想いだ。
想が本気で怒っている。
怒っているんだ。
こんなに怒っている親友は見たことがない。殴られたことなんて初めてだ。
僕はどれだけの間、彼を傷つけたんだろう。
どれだけの想いを抱かせたのだろう。
分からない。分からない。
「分からない……どうして、どうしてそんなに怒っているの?」
「俺は……俺はずっと。澄のことが好きだった。でもな、あいつはずっとお前を見てた!……どんなに突き放されても!俺はお前の想いも知ってた!だからこそ、お前らが付き合うべきだって!そう思って背中を押した!!!オレは自分の想いに蹴りをつけたんだ!!!……なのにお前は何してんだよ!!!いつまでも!付き合わねえならそれでいいさ!でも、これ以上!澄を泣かせるな!!!いい加減、ハッキリしやがれ!!!!」
想は掴んだ襟首をそのままに僕を投げ飛ばす。
僕は土にまみれながら転がっていく。
「言わせておけばあああっ!!辛かったのは君だけじゃない!そんなに言うなら君が守ればいいだろう!?僕にはそれが出来ない!!!僕には澄の気持ちを君ほど上手く汲み取ってあげられない!!!それに僕は離れようとしたんだ!それを止めたのは君じゃないか!!!」
違う。そんなことを言いたいわけじゃない。それなのにどこまでも僕は無様な自分をさらけ出していく。
殴られた怒りなのか、わかって欲しいという叫びなのか分からない。
でも僕は立ち上がり想に殴り掛かる。
簡単に想は避けて、僕はバランスを崩しまた地面を転がる。
「付き合おうとしたよ、本気だった。俺は。俺は本気でぶつかったぞ。澄に。……でもお前はどうなんだ?澄に本気だったか?避けるのも好きになるのも本気になったのか!!」
「なったさ!だから辛かったんだ!」
ボクは声を大にして立ち上がる。だが、すかさず想は拳を振り上げる。
「なってねえだろうが!!!逃げてんだろ!いつもいつも!中途半端だろうが!!!!」
僕の体は再び宙を舞う。
そうだ。そうだよ。
僕はただ、自信がなくて。
怖かっただけだ。
ーーーーーーーー。
やはり本物の想いは素敵だと思う。
何度も何度も色んな思いを積み重ねて出来上がった感情。
ようやく自分の悪い所が理解出来てくる。
僕はこれまで色んな人の想いを蔑ろにしてきたんだ。
ボクが相手に対して本気じゃなかった。
だからこそ本当の想いに気がつけなかったんだ。
そしてだからこそ、いつも純粋に向き合ってくれる澄に恋をしたんだ。
こんな僕にも何度も声をかけてくれたから。
ーーーーー。
地面に体を横たわらせる。
溜めてきた長年の想いを吐き出した。
ようやくスッキリと僕らしくあれる。
そんな気がする。
頭は酷くクリアで何をしたらいいか分かる。
僕はカーディガンを投げ捨てる。
ゆっくり立ち上がると、周囲にギャラリーが沢山いることに気がつく。
「お、おい。もうやめとけって。」
傍らに外村がいることにやっと気がつく。
「……外村、僕澄のことが好きだから。今まではぐらかしてきてごめん。」
「え、ええぇ。このタイミングで振るかなあ、普通。……まあ、でもうん。スッキリしたよ。」
「でも、最高の友達だとも思ってる。だから頼めるか、イベント。僕の代わりに。」
「なるほど、そういう事ね。……任せておけって。クラスでは岸ちゃん活躍して、高飛車オンナはミスコン1位。ってことは俺の番ってとこだな。」
「……ああ、助かるよ。」
「イケメンくんはバシッと!男決めてこいや!」
外村はニコッと微笑むと、僕の背中を思いっきり叩く。
それを合図に僕は想目掛けて、突き抜ける。
「僕は……僕は!!!」
「いつまでもグチグチ言ってんじゃねえ!!!」
想はボクが近づくと拳を振りかざす。
ボクはそのまま姿勢を低くして勢いのまま、想の腹部に拳をめり込ませる。
「僕はぁっ!!!澄が好きだ!!!!」
「くっ!?」
想は僕に本気で向かってきた。
だから僕も本気で答える。
分からないこと、知らないこと、あって当たり前だ。
だからその度に人はぶつかって、悩んで前に進む。
ボクも前に進みたい。
澄と本気でぶつかりたい。
『あなたは誰?』
そんなの決まってる。僕は僕だ。澄がなんで変わったのか。何度もイメチェンして僕の前に現れたのかそんなの直接聞いてやる。
だって僕にな分からないんだから。
僕は僕として、君にぶつかる。
そのうえで、答えを見い出す。
進むことを諦めていたけど、当たって砕けてやる。
想、まずは僕の目を覚まさせた君をぶっ飛ばす!!!
これが僕なりのケジメだ!!!
「どうせまた逃げんだろ!付き合わないんだろ!」
腹部に拳を受けても想の瞳は怒りに満ちている。そのまま左肩を掴まれる。
僕は体をひねらせて、右ストレートを想の顔面にお見舞いする。
「付き合うさ!!!今度は本気で向き合ってみせる!!!」
「信じられるかよ!!!何年も傷つけてきただろうが!!!」
同じように想も右ストレートを放ち、僕の顔面に直撃する。
一瞬よろけるがそのまま踏みとどまり、一歩前に踏ん張る。
「結果で答えてやるよ!!!」
そのまま僕は想の両肩を掴み、頭突きを喰らわせる。
「な、ら……やってみろよ……この、寝坊野郎……!」
想は僕の頭突きを大きく喰らいそのまま倒れる。
「効いたぜ……お前の本気……行ってこい……澄はまだ近くにいるはずだ。誤解を解いてこい。……いいか、全部だぞ!お前のありったけだ……!」
「ああ!!」
もう僕は迷わない。
自分らしく、突き進んでやる。
僕は役割も後悔も恐怖も不安も、全部放り投げて、澄の元へと向かうことにした。
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