第16話 系統外能力
岩城慎也は、湯呑を一口すすってから、静かに視線を聡真へ向けた。
「さて、君が特別だと言った理由を、そろそろちゃんと話すべきだろう」
聡真は身を乗り出しながら問いかける。
「そういえばさっき言ってましたね。俺が特別って。具体的にどういうことなんですか?」
慎也は一息つくと、机の端を指で軽く叩きながら言葉を紡ぎ出した。
「君や私のような存在を『
「徒人……」
よくやく詳しく聞く言葉に、聡真は眉を寄せる。
「徒人とは、何らかの強い『理想』を抱えた者たちが得る特異な存在だ。現実の限界を超え、ただ生きるだけでは満たされない欲求を持つ者たち。その理想が力となって現れる。」
慎也は指を頭に向けた。
「君も気づいているだろう。能力を使う時、頭に花が咲くことを。」
「ええ……まあ」
聡真は、自分の力を使った時のことを思い出した。あの特異な感覚――頭に咲いた透明な花を。
「花は徒人の能力の系統を示している。例えば赤なら攻撃系、青なら防御や支援。緑は再生能力に優れ、黄色は速度や雷撃、黒は隠密や毒といった特性だ。例外として、系統外能力というものもあるが、そう易々とお目にかかれるものではないからね。虹色の花を持つ者がいたら、思い出すくらいの感覚でいてくれ」
慎也は机から立ち上がり、額の『公正明大』を指さした。
「だが、君の花は透明だ。これが何を意味するのかは、正直まだわからない。だが、少なくとも既存の色の系統に当てはまらない力を持っている。それが君の特別たる所以だ。だから、君を他の組織に渡すわけにはいかなかったのさ」
聡真は慎也の言葉を反芻する。透明な花。それが意味するもの――自分がまだ知らない力。
慎也はさらに続ける。
「徒人には共通して『再生能力』が備わっている。君も怪我がすぐに治ったことを覚えているだろう? これが徒人としての基本的な能力だ。そして、もうひとつ……君が抱える『理想』がその力の源になっている。」
「俺の……理想?」
聡真は戸惑いながら問い返す。
慎也は微笑を浮かべた。
「それは君自身が見つけるべきものだ。だが、徒人は自分の理想を追い続ける存在。何かを守るためか、それとも壊すためか……それは君次第だ。」
その時、聡真の中に流れたのは、ボルトの徒人の記憶だった。
あの時夢の中で見た彼の記憶は今も忘れられない。奪われ続けた自分が、奪う側に回ってやるという強い思いを感じた。
「焦ることはないよ。君の理想は僕たちが推し量るには難しいだろうしね。」
そう言って微笑みかける慎也は達観した大人の余裕を持っているように見えた。
全員が揃ったところで、何か食べに行くということになった。
慎也が玄関のドアを開け、そのあとにみんなが続く。
「では、行こうか。私のおすすめの店がある。」
慎也の落ち着いた声が響き、一行は階段を下り始める。
廊下の空気はひんやりとしており、かすかに機械の駆動音が耳に届く。外へ向かう扉の先から差し込む光が、一行の影を長く伸ばしていた。
慎也を先頭に全員がまとまって動き出したその時――。
「んあぁ…?やっと出て来たか。」
突然の声が辺りに響いた。
その場が一瞬で静まり返る。全員が一斉に声の方を向いた。
(ここは国の拠点だ。一般人に知られるようなことはないはず。それなのに……)
聡真は息を呑む。
警戒感が一気に高まる中、姿を現したのは一人の青年だった。
手には小型のカメラを持ち、シャッター音が周囲にこだまする。
「全く、心配させやがって。聡真、帰るぞ。」
その姿を見て、聡真はわずかに肩の力を抜いた。
「見晴……!」
「…聡真くんの知り合いかい?」
慎也が慎重な口調で問いかける。その視線は微塵の油断もない。
聡真は一瞬だけ答えを考えた後、口を開いた。
「友達です。趣味は盗撮ですけど。」
「「え!?」」
全員の声が響き渡る。周囲の緊張は一瞬にして、別の方向に向かっていく。
「ひでーな、おい。」
見晴があきれたように笑うが、その言葉に反応したのは夏音だった。
「犯罪者じゃない!そんな奴と友達だなんて、最低!」
夏音の瞳には明確な敵意が宿っている。
「盗撮は女の敵だ。警察に突き出すしかない…!」
玲奈が冷静な声で言い放ち、頭に花が咲く。その花弁の鋭い輝きが、彼女の戦闘態勢を物語っていた。
(しまった……)
冗談が過ぎたことを聡真は内心で舌打ちする。
「盗撮は言いすぎでした。見晴は気付かない間に正面から撮るんです。」
「余計に質が悪いわ!」
夏音の頭にも花が咲き、周囲の空気がさらに張り詰めた。
「たく、黙って聞いてれば言いたい放題か。だけどな。」
見晴の語気が強まり、全員の視線が彼に集まる。
「俺からすれば、聡真を拉致るのも大概犯罪だと思うが?」
見晴の言葉に、夏音がわずかにムッとする。だが、その反応も束の間、全員が驚愕することになる。
「あんまりそいつにちょっかい出すなら、叩きつぶすぞ?」
見晴の頭にも花が咲いたのだ。
だが、皆が驚いたのはその花の色だった。
虹色の花。どの系統にも属さない、唯一無二の色。
「系統外能力…!」
慎也が小さくつぶやく。全員が警戒を強める。
刀祢が一歩前に出て、刀を召喚する。
「この多勢に無勢で君に勝ち目があるとでも?」
鋭い眼光が見晴を射抜くが、見晴は平然とした様子で口を開く。
「一条刀祢。」
その一言で、刀祢の動きが止まる。
「霧島夏音、霜月玲奈、橘ひより……。」
見晴が続けるたび、名前を呼ばれた者たちの表情が硬くなっていく。
「生憎様。俺の戦場はこっちなんで。で、落ちた先の地獄は見せてやったが、まだやるか?」
カメラを片手に、不敵な笑みを浮かべる見晴。
「お前…!」
刀祢の手が刀の柄に伸びた。緊張が張り詰める中、肌を刺すようなピリピリとした空気が場を支配する。
しかし、その瞬間。
「はい、そこまで。で、言いたいことは何?」
聡真がパンッと手を叩き、場の空気を一変させた。ピリついていた緊張感が、嘘のように消え失せる。
その場にいた全員が、呆然と聡真の顔を見つめた。だが、それを見た見晴が破顔する。
「今日、すげぇ写真持って行くから待ってろよ!」
「はいよ。」
聡真の何気ない返事に、さらに場が脱力するような空気に包まれる。
「じゃあな。」
「おう。」
見晴はあっさりと背を向け、カメラを持ちながら去ろうとする。
だが、その瞬間、玲奈の冷静な声が響いた。
「待て、まだ話は……!」
玲奈が一歩踏み出すと、見晴はわずかに肩越しに振り返った。そして、軽く息をついて言う。
「ああ、お詫びと言っちゃなんだが、俺の能力教えてやるよ。本当は聡真以外に見せる気なかったんだからな?今度こそじゃあな。」
そう言って、見晴が軽く手を振った瞬間――彼の前方に白いひび割れが入った。
「「……!?」」
驚愕の声が一斉に上がる。
「すげー」
その中で、聡真だけが間の抜けた反応をした。
目の前の光景は非現実的だった。白いひび割れは空間そのものに刻まれたようで、その向こうにはまったく別の景色が映し出されていたのだ。
見晴は何の迷いもなく、そのひび割れの中へと歩いていく。姿を小さくしていきながら、やがて完全に消え去った。
静まり返る室内で、刀祢が一言だけつぶやく。
「転移……能力……」
その言葉は明確な脅威を物語っていたが、聡真の反応は相変わらずだった。
「見晴らしい能力だな。」
その能天気な発言に、夏音の顔が真っ赤になる。
「何バカみたいな反応してるのよ!転移能力よ!? あんな最強能力、放っておく手はないでしょ!? 捕まえに行くわよ!」
夏音の言葉に、ひよりと玲奈が頷く。だが、聡真は首を横に振った。
「無理だと思うぞ。」
その一言に、夏音が鋭く問い返す。
「なんでよ!?」
今度は慎也が話を引き継いだ。
「聡真くんの言う通りだ。追っても転移で逃げられる。それに、彼は情報戦がかなり得意のようだしね。不要な手出しは逆効果だと、僕は思うね。」
その言葉に、全員が押し黙る。
「それが一番ですよ。ほっとけば記録し続けるだけで基本無害なんで。」
聡真の冷静な声が室内に響く。それを聞いて、夏音の口元が歪む。
「その保証がどこにあるのよ……!」
「ずっと一緒にいる俺が保証する。あいつと一番長くいるし。」
その言葉に、夏音は再び押し黙る。
慎也が肩をすくめながら締めくくる。
「そういうことだ。正直、転移能力はかなり欲しいけどね。だが、触らぬ神に祟りなしだ。」
その場はそれで決着となった。
そして一行が赴いた店は、こじんまりとした昔ながらの定食屋だった。
「いらっしゃい。今その人数だとカウンター席しかないけど、いいかい?」
ご飯屋のおばちゃんが穏やかな笑顔で案内する。
カウンターに腰を下ろした瞬間、聡真は横の席に視線を向けた。
「おぉ、遅かったな。」
そこには、見晴がくつろぎながらカメラをいじっていた。
「お前……!」
夏音は椅子から立ち上がろうとするが、慎也が手を上げて制止する。
そのやり取りを横目に、見晴が聡真にだけ視線を向け、ニヤリと笑った。
「ま、飯ぐらいゆっくり食おうぜ。」
聡真以外の全員が何とも言えない顔になったのは、自明の理だった。
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