第15話 自己紹介

「わかりました。そちらの提案、受け入れます」

 そう言って、聡真は男からの提案を受け入れた。

男は笑みを浮かべると、軽く咳払いをし、改めて姿勢を正した。その眼差しには、長い時間をかけて磨かれた経験と覚悟が宿っている。

「ありがとう。では、まずは自己紹介をさせてもらおうか。私は岩城慎也いわしろしんや。この特異管理課の責任者を務めている」

 その声は低く穏やかでありながら、どこか厳格さも含んでいた。聡真は、椅子に深く腰掛けたまま、その人物を見つめる。

「この部署は、世間ではあまり知られていないが……まあ、正直に言おう。言ってしまえば、国家の『お掃除屋』みたいなものだ。」

「お掃除屋?」

「表立った記録に残せない仕事を処理する。それが我々の役目だよ。徒人の力を制御し、人々の暮らしを守るための最後の砦とでも思ってくれ」

岩城が自嘲気味に笑みを浮かべる。

「まあ、そう聞こえはいいが……実際のところは下層でひっそりと活動している、半ば厄介者扱いの組織だ。それでも、信念を貫いている者たちの集まりだと思ってくれればいい」

次に、隣に立っていた刀祢が一歩前に出る。

一条刀祢いちじょうとうや。ここでは戦闘部隊のリーダーを務めている」

 簡潔な言葉に、無駄な装飾はない。だが、その目はどこまでも冷静で鋭い。

「君とはさっきも少し話をしたが……今後、どこかで共に動くこともあるかもしれない。その時は、よろしく頼むよ」

 短い言葉に、手を差し出す一条。聡真は一瞬ためらったが、相手の目の奥にある誠意を感じ取り、軽く握手を交わした。

 その時、廊下の奥から足音が近づいてきた。軽やかだが力強さを感じさせるその音。やがて扉が開き、霧島夏音が姿を現した。

「戻りました!」

 夏音は勢いよく声を上げたが、すぐに聡真に目を向けると、気まずそうに顔を背ける。

「……あんた、もう目が覚めたんだ」

 岩城が苦笑しながら、その様子を見守る。

「彼女は霧島夏音きりしまかのん。この特異管理課で、戦闘員として活躍している一人だ。」

「……まあ、よろしく」

 そっけない態度ながらも、夏音の目には微かな後悔の色が浮かんでいるようにも見えた。

 岩城が場をまとめるように口を開く。

「さて、これで主要なメンバーは顔を合わせた。これからは、君もチームの一員として活動してもらうことになる」

 聡真は周囲の顔を見回した。それぞれが異なる個性を持ちながらも、不思議と一体感を感じさせる空気がそこにあった。

「……分かりました。できる限り、協力します」

 覚悟を決めたその言葉に、岩城は満足げに頷いた。

 霧島夏音の挨拶が終わった瞬間、岩城が軽く手を挙げて場を仕切る。

「そういえば、まだ彼女たちを紹介していなかったな。おい、顔を出してくれ」

すると、部屋の奥の扉が静かに開き、二人の女性が姿を現す。

一人目は、長い黒髪をポニーテールに束ねたスレンダーな女性。冷静沈着な雰囲気を 全身から漂わせ、手には分厚い資料を抱えている。

「初めまして、霜月玲奈 です。この部署で、分析と調査を担当しています」

 彼女の声は落ち着いていて、無駄な感情が感じられない。視線が鋭く、聡真の全身を一瞬でスキャンするような目つきだった。

「……なんか、あんた、意外と普通っぽいわね」

その冷たい言葉に、聡真は少し言葉を失ったが、岩城がすぐにフォローする。

「霜月はこう見えて有能だ。口調はきついが、悪意はない」

 霜月は軽く肩をすくめ、後ろに下がると、もう一人の女性に視線を送った。

 次に前に出てきたのは、小柄で明るい髪色の女性。大きな瞳に、ほんのり頬を染めた愛らしい顔立ちをしているが、その体には、いくつかの見覚えのある機械的な補強パーツが付いていた。

「わたしは橘ひよりと申します。支援担当として、この課で働いています」

 ひよりは丁寧に頭を下げる。その仕草には、彼女の温和な性格がよく表れていた。

「お会いできてうれしいです。一緒に頑張りましょうね」

 柔らかな微笑みを浮かべたひよりの言葉に、聡真は少しだけ肩の力を抜いた。

 聡真は、ひよりの柔らかな笑顔に一瞬目を奪われたが、すぐに周囲の顔ぶれを見渡した。

(……これが、これから俺が背中を預ける相手たちか。)

 頼りがいがありそうな岩城、冷静沈着な刀祢、少し突っかかってくるが戦闘力は折り紙付きの夏音、そして、控えめで優しそうなひより。

 徒人になるのは男も女も関係ないらしいが、こうして見渡すと、意外と女性が多いのが気になった。

(……まあ、俺が知る限りの常識なんて、あっという間にひっくり返されたからな。)

 ふと、自分の店のことが頭をよぎる。

(店を開けられる日も、これからは減るだろうな……。)

 父親から受け継いだ、ささやかながら大切な修理店。近所の子どもたちや常連客たちの笑顔を思い出す。

(やっぱり……俺の居場所は、ここにしかないのかもしれない。)

 視線を岩城に戻し、静かに息を吐いた。

「……俺も、この世界で居場所を探さなきゃならない。」

 聡真のそのつぶやきに、誰も反応しなかったが、彼の中で覚悟が少しずつ形を成していくのを感じた。

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