第43話
「え! ちょ、ちょっと! かっ、かくほー!」
名取のお母さんの号令が、背中に聞こえた。
扉が開かれ、部屋の中があらわになる。中央に倒れた椅子。その横で、名取に馬乗りになっているスーツ姿の男。部屋の隅には、銃を持った若い男と、中年の男。
父さんが入ってすぐ、棚の上に乗っていた救急箱のようなものを、銃を持ったハンターに投げつけた。浅葱が、名取に馬乗りになっている奴の顔面に、丸めた雑誌を打ちこむ。自由になった名取に、名取のお母さんが護るように覆いかぶさった。
父さんは、若いハンターが怯んだ隙に距離を一気に詰めて、銃を持っている男の手を両手で掴み、銃口を相手に向けるように捻り上げて銃を奪った。途中、一発発砲されたけれど、それは天井に中って事なきを得る。父さんが、奪った銃を真利亜さんに投げた。真利亜さんはそれを、木村先輩に投げる。
「頼んだでヤンキー!」
「おっしゃー!」
先輩が小屋から猛ダッシュで遠ざかる。
ものの数秒で、若いハンターとスーツ姿のハンターが、父さんと浅葱に拘束された。僕はと言えば、中年のハンター相手に苦戦していた。
ポケットからナイフを出して襲ってきたその人を巴投げで外へ放り出したまではよかったんだけど、そこからが大変だった。
この人強い! めちゃくちゃ喧嘩慣れしてる!
流石は元日本軍兵士と言うべきか。動きに迷いが無い上に、無駄も無い。放った跳び蹴りも、あっさり受け流されてしまう。
ヤバいこれは刺されるかもしれない。
覚悟したその時、後ろから「伏せい!」という真利亜さんの声が聞こえ、僕はとっさに身をかがめた。次の瞬間、元日本兵の顔に、折り畳み椅子が斜め上へと叩きこまれる。
彼は、その一発でKOされてしまった。
「使えるもんは使わなあかんやろ!」
椅子攻撃をかました真利亜さんは、地面に突き刺すように折り畳み椅子を下ろすと、不甲斐ない僕を叱責した。
「すみません」
情けないことだけれど、僕は本当に、初恋の女性に守られてしまう結果となった。
プレハブ小屋に戻ると、そこでは父さんが名取の両肩を掴んで「何か飲まされたか?」と問い詰めていた。
目をパチパチさせながら何度も頷いた名取は、「これ」と床に転がっていた茶色い瓶を指さした。蓋は開いている。僕はそれを拾い上げて中を確かめた。古い紙切れが一枚。他には何もない。
僕の手の中にある瓶を見た斎藤さんが顔を引きつらせ、手で口を覆った。
「それ、部長が持ってた不老長寿薬」
「え? 不良成就?」
名取のお母さんが不思議そうに首を傾げる。
斎藤さんが青ざめている一方で、僕と父さんはこの状況に希望を見出していた。何故ならその瓶は、乾いていたからだ。
「どうやって飲んだ? 錠剤か?」
父さんからの問いに、名取がまた瞬きを繰り返しながら頷く。
「名取、ちょっとごめん!」
僕は名取の首の後ろを右手で押さえると、左手の中指と人差し指を名取の口の中に思いきり差しこんだ。
「えっ? ちょっと何す、おええええ!」
名取がえづき声を上げて、胃の中ものを吐き出す。
吐瀉物は少量だった。けれどその中に、真珠玉ほどの大きさをした苔色の丸薬を発見する。
「薬、あった……」
砕けてないし溶けてもいない。僕はほっとしたあまり、尻もちをつくようにその場にへたりこんだ。
「乱暴だなぁお前は。こういう時は水を飲ませてから吐かせたほうが楽なんだぞ」
父さんが名取の背中をさすりながら呆れる。
「ああ、そっか。ごめん」
必死になるあまり、その辺の気遣いをしている余裕がなかった。
名取は僕に向かって親指を立てると、ガラガラ声で「もうまんたい」と言った。許してくれたのは有難いけど、何故に広東語?
父さんは吐き出された不老長寿薬を拾い上げると、僕の手から瓶を取って、その中に薬を入れて蓋をした。
「あの男、正しい服用方を忘れていたみたいだな。助かった」
「ちゃんと、覚えていたと思うよ」
僕は、瓶の中に入っていた紙切れを父さんに見せた。
不老長寿薬の正しい服用は、四〇度以上の湯で溶かしたものを飲むという方法だ。丸薬のまま飲みこんでも吸収されないように、コーティーングが施されている。その紙には、そういった注意書きとともに、正しい服用法が絵付きできちんと書かれていた。
部長さんはきっと、吸収されない事を承知で、名取に丸薬のまま飲ませたんだ。だからといって、許される行為ではないんだけど。
目をやると、浅葱と真利亜さんに両腕を後ろで固められている二人のハンターと並んで、疲れ切ったように背中を丸めて地面に座っている部長さんがいた。
僕らがすったもんだしている間に、斎藤さんと木村先輩が、警察に応援要請をかけてくれていた。
応援が到着する頃には、ハンターたちはすっかり大人しくなっていた。父さんが、「真識は断薬法を見つけたから、その気があれば連絡しろ」と自分の携帯番号を書いた紙を三人に渡したからだ。コンビニのビニール袋の中に入っていたレシートを三つに千切って、その裏に書かれた父さんの連絡先。それを見つめる三人の表情は、嬉しそうでも、悲しそうでもなく。ただ戸惑いが見てとれた。
すっかり戦意を失ったハンター三名が、応援に来たパトカーに連行されてゆく。
後部座席の扉の前に並ぶ列の最後にいた部長さんが、乗車する前にふとこちらを見て、僕と目が合った。途端、部長さんの顔が凍り付き、みるみるうちに驚愕の色を帯びる。
「さかえさん……」
呟いた彼は、「思い出した!」と叫ぶと、僕達の方に走り寄ろうとした。警察に腕を掴まれても狂ったように身を絞って拘束をふりほどき、僕の正面まで走ってきて、倒れるように両膝をつく。
身構える僕を見上げた部長さんは、「さかえさん! さかえさん!」と繰り返し叫びながら、涙を流した。
さかえさん。
また、聞き覚えのある名前が――
「あ」
やっと思い出した。夢で、僕に銃を突きつけていた痩せた男が最後に僕をそう呼んだんだ。痩せた男は、目の前にいるこの人だ。やつれ具合は、夢の方がずっと酷かったけれど。
「あの、どうして僕の事を――」
「あんた本当に生まれ変わってきたんだな!」
どうして僕を『さかえ』と呼ぶのか。問いかけを終える前に、彼はそう被せた。
生まれ変わり。
あまりに突飛な事を言われ、僕は言葉を失った。けれど、族長の「真識の魂は真識に帰る」という言葉を思い出す。
『さかえさん』は、かつて部長さんが知り合った真識なのかもしれない。だとしたら……。
前世の記憶が無い以上、さかえです、とは肯定できない。けれど、違います、とも否定できない。
僕は結局、心に浮かんだままの言葉を、目の前でむせび泣いている部長さんにかけることにした。
「刑期はいずれ終わります。だから、諦めないでください」
途端、彼が両目を大きく見開いた。とうとう尻をぺたりと地面に落とし、手錠で両手を後ろに拘束さているにもかかわらず、体を大きく前に折る。
とても苦しそうに「すまんかった」と絞り出した部長さんは、その後、悲鳴のような泣き声を上げた。
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