第34話

 授業が終わるやいなや声をかける暇もなく愁一郎がダッシュで帰った、と名取は肩を落として俺にぼやいた。

 昼休み、俺はこいつらの超絶まぎらわしい会話で無駄にビックリさせられたけど、どうやらこいつと愁一郎は、一応まだオドモダチらしい。

 それにしても。整体してもらって、その後一緒にジャム作るってなぁ。会話の真相を聞いた時には、お前ら休日の老夫婦かよ! ってツッコんじまったぜ。まあ愁一郎は、見た目は悪くない癖にそっち方面で早くも枯れてっとこあるし。名取は名取で、見た目がアレな上に色気そっちのけで部活と食い気に全フリしてるからなぁ。お似合いっちゃあ、お似合いかもしれねえ。

 名取が愁一郎につきまとい始めた頃、愁一郎は名取を心底迷惑がってたようだけど、最近は妙に馴染んでやがる。俺があいつらの間に入って名取を牽制する必要は、もうないかもしれねえ。わざわざ構ってやるのは、そろそろ終わりにすっかな。

 俺は、巣立ってゆく雛を見送る親鳥の気分で、一〇メートルほど前方をとぼとぼ下校する名取の、丸い背中を眺めた。

「民ちゃん、また谷原クン逃がして凹んでんの?」

「ねえ先輩。慰めてきてあげてよー」

 山ほどのジャムパンを一緒に食ってから何故かくっついてくるようになった新しい雛鳥どもが、チーチクパーチク俺に話しかける。

「はあ? オメエらが慰めて来いよ」

 煩い二人を追い払うべく、俺はシッシと手を振った。

 この杉ちゃんとミっちゃんは、俺の姿を見つけるたびに近寄って来ては、適当に喋って適当に帰っていく。

 今日も、たまたま下校時間が同じだったらしく、俺を見つけて当たり前のように隣を歩き始めて、こうなっているわけだ。

 どうやら俺はこいつらにオトモダチ認定されたようだ。こんな普通の、一見素朴な女子どもが臆せず近づいてくるようになるとは。俺も丸くなっちまったもんだな。

 感傷に浸ってると、一台の白いバンが俺らの横を通り過ぎ、名取のやや手前で停止した。若そうなのと中年ぽい男二人が後部座席から降りて来る。

 そいつらは名取を前後から挟むように立つと、なんと名取を車に担ぎこみやがった。名取が下げていたスクールバッグは、道に置いてけぼりだ。

 白昼堂々、人さらい。

 名取は「きゃあ」とも言わず、バンの中にすんなり消えてしまう。

 馬鹿かあいつ。ダンボールじゃあるまいし! 家畜でももうちょい暴れんぞ! 

 扉が閉まると同時に、車が走り出す。

「たた、民ちゃん!」

「先輩アレ、誘拐? 誘拐なの? ねえー!」

「やかましい! 画像がブレんだろバシバシ叩くな!」

 俺は慌てふためいている二人に、自転車を一台調達してこいと命令すると、スマホで撮影したばかりの白バンの映像を自分の動画チャンネルに流した。今から誘拐犯を追跡するから、この車を見た奴はコメント欄に時間と場所を書きこむべし! とメッセージを打つ。

「あ、ちょっと先輩。一八歳未満がギャンブルやっちゃ駄目じゃないですか!」

 俺の動画チャンネルがパチンコ実況に特化したものだと気付いた杉ちゃんが、呑気なことに、文句をつけてきた。

 俺は、二人が適当な男子生徒からひったくってきたらしい自転車にまたがると、邪魔な鞄を投げ捨てて、交差点を左折したバンの追跡を開始する。

 おっと、忘れるところだった。これだけは言っておかにゃあならん。

「警察に通報忘れんな! それから俺は、一九だ!」

 そうさ! 俺は二年ダブりの大先輩だぜ覚えとけ! 

 チャリを爆走させながらスマホを確認すると、『○○時、国道○○線の○○パチンコ店の前で発見!』という類のカキコミが、既に幾つか流れてきていた。

 よし、これならチャリでも追いかけられるぜ!

 俺はペダルを漕ぐ足に、一層力を込める。

 さあ、俺のパチテク新動画を一日中待ちわびてるギャンブラーども! じゃんじゃん情報入れてくれよ!


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