ブルーモーメント

森野苳

本編

◆1年前

 太陽の日射しがアスファルトを照りつける。手をかざして空を見上げると大きな入道雲が浮かんでいた。裏門から続く並木の陰を歩いているのに、汗が止まらずシャツに染み込んでいく。


「先生がとりあえずオープンキャンパスに行ってみろって」


 昨日あった三者面談の話に耳を傾けていたら、フェンスの向こう、体育館の開け放したドアのひとつから人影が出てきた。

 女子にしては長身。トレーナーの袖を肘まであげて、肘と膝にサポーターをつけている。


 ボトルを握った左手を胸元まであげて、その子の視線がある方向を見て止まった。


 見つめる先、自分たちの前をふたりが歩いている。もう一度体育館の彼女に視線を戻す。その表情は今にも泣いてしまいそうに見えた。右腕の袖でぬぐったのは、汗か、涙か。

 腕がおろされ、現れた目と合った。盗み見ていた気まずさから曖昧な笑顔を浮かべる。その子は唇を引き結んだまま、視線を逸らして体育館の中へと戻っていった。


佑弦ゆづる君」

「ん?」


 彼女が俺の左腕を両手で引いて小声で呼ぶから、顔を傾けて耳を近づける。


「前歩いてるの、七瀬君と増元さん。手繋いでる」

「付き合ったのかな」

「泣いちゃう人多そう」

「泣く?」

「ふたりとも人気あるから。私は泣かないよ?」


 おどけるように言う彼女の手を繋いで、今度はちゃんと笑いかけた。




 高校2年の夏のはじまり。あの日の表情をずっと忘れられないでいる。

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