問1:たのしい夏休みの過ごし方

第1話

夏休み前の教室は随分と騒がしい。それも中学生初の夏休みなんだから仕方のないことだろうが、部活にも入っていない、特別親しい友人もいない僕には居心地の悪さを与えるだけだ。目にかかるくらいの黒髪のくせ毛にガリ勉っぽい黒ぶちメガネの男、わざわざ声をかける人もいるはずがなく。……言っていて自分で悲しい。

 終業式が終わって帰り支度をする級友の中、僕は先ほどまで私物の少女漫画を持ち出して青春のすばらしさを語っていた担任へ近づく。



森川もりかわ先生」

「…………あ、俺!?俺か!どうした?」

「下まで運ぶんですよねこの荷物。手伝います」

「本当?じゃあありがたく手伝ってもらおうかな」



 彼は人好きのする笑みを浮かべながら僕に少しのノートと漫画を差し出した。チラリと確認すると、先ほどまで説明していた漫画以外にも数冊持ってきていたようだった。この人本当に少女漫画とか好きだな。

 教室は2階、生物準備室は1階。1階分降りるだけとはいえ、人のものを持ちながら降りるのは少し緊張するな。しかもそれが本人のとっておきともあればなおさら。モタモタと生物準備室を開ける後姿を眺めながらぼんやりと廊下に貼られた花火大会のチラシを見る。森川先生、こういうのも好きそうだな。



「ここで大丈夫ですか?」

「うん、本当に助かったよ。この量はさすがの俺でも腕があと4本くらい必要になっちゃうからなぁ」



 呑気なことを言う彼には半年たってもまだ慣れない。いたたまれなさに黙る僕を気にもせずに先生は鼻歌まで歌っている。頬に絆創膏が貼ってあるのが見えて、そういえばこの人フィールドワークでいつも怪我してるな、と思い出す。



「さっきはごめんな。俺のことそうやって呼ぶの哀斗あいとくんくらいだから、つい反応が遅れちゃって」



 今更ながら、このゆるっとしたのは担任の森川康平もりかわこうへい、名前の通り森も川も公平に愛している生物教師だ。もりかわこうへい、からとって大抵の生徒にモコちゃん先生と呼ばれている。仮にも教師がそれでいいのか。

 中途半端に伸ばされた髪をひとまとめにし、首のヨレたスウェットに生物教師らしく白衣を纏ったその姿とは裏腹に、彼の拠点である生物準備室は案外キレイに整頓されている。……たぶん植物にいい効果がある薬、ってラベルの棚もある。なんだこれ。



「哀斗くんは周りをよく見ててくれるから助かってるよ」

「はぁ」

「俺って動物とか植物になると突っ走っちゃうから、哀斗くんみたいに落ち着いた子がいてよかった。初めての一年生の担任で正直夏を迎えられるか不安だったんだよ」

「それを僕に言っていいんですか?」

「……ダメかも。あ、あった!はい、コレ」



 クスクスと小さく笑いながら、僕に手を差し出す。大人しく受け取るとそれはどこかの教室のカギだった。そのまま次の言葉を待つも、彼はただ机にノートを移動させるだけ。しびれを切らして声をかけると先生はクルリとこちらを振り向いた。



「何ですか、コレ」

「ここのカギ!哀斗くん、夏休みの予定は?」

「ないですけど……」

「よかった。ひとつお願いがあってさ」



 ろくに返事にもなっていないのに話を進められる。自由な人だ、羨ましいくらい。



「夏休みの1か月間、生物準備室の管理をしてほしいんだ。今年は俺が学区の巡回担当になって準備室に来れなくなっちゃったからなぁ」

「なんで僕なんですか」

「ほら、ここって植物とか生物が多いだろ?君はこの子たちの面倒もよく見てくれそうだなぁって!」



 視線を動かして部屋を見回す。窓際には小さな鉢植えが並び、陽の光が当たらないようにカーテンが閉じ切られた角には水槽が置かれている。他にもケージがあったりなぜかバケツに入った水が並べられていたりとさまざまだ。本当に森川先生は生物教師って感じだな。



「哀斗くんならきっとみんなと仲良くやれるからさ」

「……?」

「暇はしないだろうし思い出作りだと思ってさ。ダメかな?」



 あざとくコテンと首を傾げてジッと僕を見る。何の反応もしない僕を少し眺めてからアプローチを変えたらしい。片づけていた少女漫画を見せびらかしてきた。



「俺の出した課題覚えてる?日記を書いてこいってやつ」

「あれ必須なんですか!?」

「当然じゃん!だって青春真っ盛りな生徒たちの夏休みだぜ?とっても興味ある」



 本音が漏れてるんだよな。



「まぁいいですけど」

「本当!?やった!」



 小さくガッツポーズをした彼は一瞬、紙にペンを走らせる。暇だったので本人曰くこっそり隠している(入口から”は”見えない)本棚に漫画を返しておく。並べ方に変なこだわりがある人じゃないといいな。



「じゃあ夏休みの1か月、……4週間か。よろしくね」



 心底楽しみそうな顔をして、僕にやることリストを託してきた。

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