第13話 DOKAN君、ごめん、今日は男子トイレだ
そして、ついに第3レースの8月11日がやってきた。
その日の未明、周辺道路を通行止めにして、コースの設置作業が進められていた。
「いったい、どうして、皇居みたいな重要施設を周回するようなレースを行うことになったんすか?よく、国が許可しましたね」
「イギリスのバッキンガム宮殿とか、北京の紫禁城の周りを周回するレースが行われたから、それに倣ったんだろう。そもそも、皇居外苑の敷地を借りてピット作業をできるようにするだなんて、よく許可が下りたなと思う。しかし、区役所職員を動員するとはなんとも・・・」
「この石塔どうします?」
「なんだこれ・・・手順書にこんな石塔書いてないぞ・・・。まあ、手前にでっかいパイロンおいておくか。さすがにこれでわかるだろう」
千代田区役所職員を動員してのコース設置作業が終わるころ、東の空が白み始めていた。
紗良は秋葉原の事務所で競技用スーツに着替え、ヘルメットを装着した状態のまま会場入りしていた。DOKANが入れ替わっていることは、紗良、DOKAN、係長とゲンジしか知らない。社長の勝田にすら、このことは隠されていた。
ゲンジが紗良を誘導していた。
「紗良ちゃ・・・じゃなかった、DOKAN君、もうちょっと大股で歩いてくれる?」
「や、やってみます」
紗良の歩き方は大股になったが、今度は右手と右足、左手と左足が同時になっていた。
機体に搭乗する前、紗良が小声で何かを訴えた。お手洗いに行きたくなったのだ。今更、秋葉原の事務所に戻るわけにもいかない。会場のトイレに行くしかない。
「DOKAN君、ごめん、今日は男子トイレだ」
「えええ、なんでですか?」
「今日は君はDOKANなんだ。お願いだ、我慢して。個室使えば大丈夫だから」
華の乙女が男子トイレだなんて・・・。レースの後、家に帰ったら思いっきり泣いてやる。紗良は、とぼとぼとした足取りで男子トイレに入って行った。
勝田は江戸前レーシングのブースを抜け出し、桜島レーシングのブースの近くまで来て、高森は立ち話をしていた。
「この前の話、考えてくれたか?」
「本気で言っていたのか?それじゃまるで無血開城じゃないか」
「君と争う気はない。最終的に事業化できればそれでいいんだ」
「わかった。だったら、こうしよう・・・・」
「まあ、別にそれでもかまわないが・・・」
近くのトイレでは、千代田区の職員がトイレで立小便をしていた。
「早朝から準備作業に駆り出されてもうへとへとです」
「すぐにレース終わるよ」
「そういえば、江戸川スカイタクシーの事業化に合意するって本当ですか?」
「そんなの、あり得りえないだろ」
「何言ってるんですか、江戸川スカイタクシーに具体的な参入条件を書いて渡したじゃないですか」
「ちがうちがう。あれは『最低条件』だ。あの条件を満たさない場合は、許可はしないと言っているだけで、『可能条件』ではない。そもそも、事業を認可するのは千代田区ではなく、中央省庁だしな」
そこで、トイレの個室に水が流れ、中から人が出てきた。
「まちたまえ、君たち。今の話どういうことかね?」
「あ、区長。いや、その、ちょっと違うんです」
「ちょっと来たまえ。向こうで少し話を聞かせてくれないか?」
男たちが立ち去ると、別の個室から、がちゃりと選手が出てきた。DOKANに扮した紗良であった。
ふーん。なるほどね・・・。ふふふ、だったら、ぶっちぎりで優勝してやろうじゃない。でもさっきの声、自転車おじさんに似ていたような・・・。気のせいか・・・。
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