ようこそ事務所へ!

楓さんに翼出版社に連れられて、なぜ、あんなに五十嵐獅郎に依存していたか分かった。会社が凄く小さい……。会社というより、事務所といった方がいいのでは。そしてもう1つ。この出版社は、少しシステムが他のところと違う。基本、小説家はフリーランス。いわば、個人営業主だがここは、所属制でやっているらしく、ここで募集してるコンクールとかに選ばれた小説家達が3年間契約して結果が出れば更新し、結果が無ければクビみたいな結構厳しめな会社である。小さい会社だから、こうやって使える人材とそうでない人材をふるいにかけるんだろう。私の場合、翼出版社が開催してるコンクールには参加していない。大手のコンクールに出したとき、そこで審査員をやっていた楓さんが私の作品を見てそこで五十嵐 獅郎と類似したなにかを感じて私をスカウトしたそうだ。事務所に入り、客用のソファに座らされ、楓さんから一枚の紙とペンを渡された。

「樋口さん、はいこれ、契約書。サインして。」

「あぁ……。少し待って下さい。読みますので。」

読み進めるていると、ある一文で泳がせてた目が止まった。

『雇用者は、一生我社に尽くすことを誓う。』

誓わない誓わない。何だこの、恐ろしい契約書は。

「早く、サインしちゃってくださいよ。」

「あの、なんですか、このブラックな契約書は!」

「ブラックなんて失礼ですね!ホワイトじゃないですか!」

「一生って、死ぬまで尽くせということでしょ?どこがホワイトなんです?」

「死ぬまで仕事を保証しますよ。ってことですよ。」

ヨボヨボな婆さんになってまで筆を持ちたいかと言われれば、ノーだ。幸せな余生を過ごすか、動けるうちに死んで誰にも迷惑かけないように消えて終了するのが私の理想の人生だ。

「なに、迷ってるんですか。医療が発達して何十年生きるか分からないんですから、樋口さんには期待を込めてこのスペシャル契約書を作成したんです。普通なら、3年なんですよ?早くサインしちゃって下さい。」

「いや……。でも一生は……。」

「いいから!」と彼女は、ペンを持ってる私の手を掴み、強引にサインさせた。酷く線が歪んだ、「樋口 巴」から哀愁が漂っている。

「よし!あとは、印鑑ですね。樋口さん。早く出してください。」

「い……嫌です。印鑑だけは阻止します。」

印鑑さえ押さなければ、契約は成立しない。サインは書いたというより、書かされただが……。

「分かりました。樋口さん。そちらがその気ならこちらも手があります。」

そう言い、楓さんは私にジリジリと近づいてくる。ここで印鑑を渡してはならぬと生命の危機を感じた私は逃げた。靴を履かずに会社の外に出て、靴下のまま、逃げた。内臓の位置が変わったんじゃないかと思うくらいに駆けた。


が捕まった。6年間ろくに運動をしてない私には、無理だった。印鑑を無理やり手に握らされ契約書に押されてしまった。

「これで正式に樋口さんはうちの小説家ですね。」

「はい……。」

凹んでる私とは正反対に彼女は上機嫌である。


そんな私に追い打ちをかけるかのように彼女は大量の本を持ってきた。

「はい。これ、全部読んでください。」

「ぜ、全部?!」

テーブルの上に山積みに並べられた本達。

「あなたはこれから五十嵐先生になるんですから、五十嵐先生のことをよく知らないとなりません。ですので、前五十嵐先生が書いたものを全部読んで頂きます。」

「いや…ちょっと冗談がきついですって。これ全部はさすがに……。」

「2週間で読み切ってください。分かりました?」

いや、どう考えても無理でしょ。数冊とかなら読めるけど数十冊もあり、分厚い本がほとんどで。雇って早々に、死なせる気か。

「ここにあるか食べ物や飲み物は自由に飲み食いして大丈夫ですので。寝床は、このソファを使ってください。それじゃ、私は別件の仕事があるのでこれで。」

「え……。あ、もうここでしばらく暮らす前提なんですねって楓さん待って。本当に行かれてしまった。」

この部屋に残ったのは大量の本だけだ。

「うああああああ。」

頭を抱え自身の選択を悔やんだ。ノコノコと着いてこなければよかった……。いや、そもそも話を聞きに行った所から間違いだったのでは。気分がこのままでは沈む一方だ。沈みすぎると死にたくなる。数年前から定期的に私は希死念慮はまとわり着くようになり病院にいっても、あまりよくはならなかった。でもこの希死念慮を活かして私は小説を創作してきた。どん底まで落ちた小説が書けるのは武器でもある。でも今は必要じゃない。確か、ここにあるものは自由に飲み食いしていいと言ってたよな……。台所に行き、少し物色すると紅茶のパックがあった。キャラメルルイボスティーといったお洒落なものを頂くことにした。今日はこれをお供に五十嵐 獅郎を知ろうと思う。果たして何ヶ月かかるのやら。ティーパックにお湯を注ぐとキャラメルの匂いが鼻をくすぐった。沈んだ気持ちも少し上がり、頑張れそうな気がした。

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世間を欺け!文字に呑まれろ! さくらん @sakura_394

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