第十二話

 リョウちゃんと、啓太君だけは、嫌いになれないの。

 あの声が、項垂れながら小股で歩く俺の脳内を駆け回る。

「……一つの謎が解けたな」

 五左衛門、律、魁成、徹矢、さらに岩片と、次々にクラスメイトがやられていく中、俺とけいちゃんだけはあの花に危害を加えられない。

 それは、至極単純な話だったのだ。

 五左衛門の一味としていじめた元親友を許してくれている、タイちゃん。

 報いるのは今しかない、と俺は拳を強く握った。




 帰ると、けいちゃんからのメッセージが届いていた。

『やっちゃんと電話しようとしたら、体調悪いんだって。ものすごく身体がだるいみたいな。眠そうな感じのと、ちょっとイライラしてたようにも思えた。そっちはどう?』

 らしい長文メッセージにも、俺は素直に笑うことが出来なかった。

『タイちゃんに、タイちゃんちで会った』

 送信ボタンを押してすぐ、俺はスマホを放り出し、ベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。

 タイちゃんとの思い出、あの花のこと、けいちゃん。走馬灯のようにそれらが駆け抜けていくうちに、俺は意識の底に落ちていっていた。




 意識はしっかりしているけど、瞼が重たい、複雑な目覚めのまま、俺は校門をくぐった。

「おはよう、リョウ」

「おう、けいちゃん」

 彼もまた、ぎゅっと目を瞑ってみたり、何度も連続で瞬きしてみたりとしながら、こちらに近づいてきた。

「すまん、寝落ちして、今日まだスマホ見てねえんだわ」

「ふうん。で、昨日、何が起こったの?」

「え……。まあ、そのタイちゃんの家行ったら、花があったんだわ。ちょっと小さくて。二本目らしいんだけど」

「ふん」

「で、それをちょっと、抜いちゃおうかと思ったらタイちゃんがいてさ」

 そこから、俺は、彼との会話について話した。綾辻由梨乃が関係してきそうなところを省いて。

「……へえ」

 どこかさっぱりしない表情で、けいちゃんは言った。

「だから、僕らは花になにもされなかったってことなのかな?」

「多分な……」


 話し込んでいると、教室に入ったのは三分前というギリギリの時間だった。

「ヤバ」

 リュックサックをロッカーに放り込み、自席に滑り込んだタイミングで、ちょうどチャイムが鳴る。

「あれ、荒尾啓太さん、今日は遅刻ですか?」

 北井を気体と見なしているかのように、落ち着き払って歩いていくけいちゃんに向かって、俺はニパッと笑いかけた。


「……はい、では、出欠ですけど……、肥後五左衛門さん、圭田律さん、伏見魁成さん、高梨徹矢さん、岩片冴姫さん、で……おっと、江崎大河さんも欠席ですね」

 クラスメイトの、そこでとった行動は皆一様だった。

「いなくね?」

「病んだ?」

「ヤバ」

 担任が教卓にいるのを知ってか知らずか、それぞれの声が入り混じる。俺は、けいちゃんと目を合わせた。

 彼の瞳は、小刻みに揺れて、ごくり、と喉が上下した。

「まあ、そういうわけなんで、今日も元気にやっていきましょうね」


「ちょっと、江崎君いないじゃん」

 教室にさざ波が立つ中、けいちゃんが緊張した顔持ちで近づいてきた。

「マジか……ヤバくね? あの後、なんかやらかしたか?」

「さあ……。なんだろう」

「……リョウ、ひょっとして昨日、江崎君となにか変なこと話したんじゃないだろうね?」

「……え?」

「僕に話してないこととか、無い?」

 けいちゃんの眼差しは、こちらに刺さる前によろよろ落ちていってしまいそうな弱いものだった。その弱々しい目線が、こちらの胸に伝わって揺れる。

「無い?」

 脳裏を、まだ見たことの無い綾辻由梨乃の後ろ姿が横切った。

「僕はこの前、リョウに言われて、やっちゃんのことを話した。だから、まだ言ってないことがあるんだったら、なるべく言ってほしい」

「ん、ああ……そうだよな」

 しかし、気道がどうしても縮まっている。けいちゃんの視線に耐え切れずに俺は少し下を向いた。

「……でも、何も無いから大丈夫」

「本当?」

 けいちゃんの視線が強く、目に届いてきた。

「あ、ああ」

「……まあ、秘密が無いなら……。痛くもない腹を探られるのもあれだしね」

 一つ、溜息をついて、けいちゃんは強張った肩を下ろした。

 俺の方はというと、胸の辺りにどこか淀んだものを感じずにはいられなかった。




『なあ徹矢』

 それからは、一見普通通りな馬鹿話をけいちゃんとして、俺は帰宅し、徹矢へメッセージを送った。

 昨日のタイちゃんとの件、そして、今日のけいちゃんとの件。

『五左衛門は、なんかずっと、悪い夢にうなされてるみたいな感じでいるよ』

『目覚めても無いし』

 まあ、二人とも夢の世界を漂ってるんじゃないかなぁ?

 またも、言葉が脳裏をかすめる。

 一体、五左衛門はどんなものに苦しめられているのだろうか。


「ちょっと! 涼一郎!」


 と、いきなり母がバチン、と音が立つほどの勢いでドアを開けて入ってきた。

「ちょ、なんだよ」

 ビクリと肩を震わせ、床に散らばった雑誌を片付けながら俺は訊いた。


「江崎さんちの息子さんが、……たって」

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