STEP.2 魔王の目覚め

西暦2006年6月6日

今日は星川智恵理6歳の誕生日である。


生まれてすぐは思考が上手くまとまらず、そのもどかしさを泣く事でしか示せなかった。

しかし、3歳ごろから言葉が分かるようになり始め、そして5歳にしてようやく、元の記憶がハッキリと思い浮かべられるようになった。

そう、前世の魔王エリーゼとしての記憶である。


やるべき事がハッキリしてからの1年は実に充実していたと言えるだろう。

こちらの世界の様々な文明の利器に圧倒されながら、その『当たり前』を理解し、仕組みを考えていく。そんな日々がたまらなく楽しかった。


そして何より転生した環境が偶然とはいえ恵まれていた。


「智恵理ー?あなた、また仏間にいたの?ケーキ準備できてるから早くリビングにいらっしゃい」

「はーい、お母さん!」


仏間の襖越しにかかる母からの声を聞きつつ、返事をして、正面の仏壇に飾られた写真を見据える。

それは幾度となく戦いの中で、そして語り合う日常の中で見たリンドウの顔であった。


当初はせいぜい孫かひ孫ぐらい、下手したら生まれた土地だけ一緒程度で考えていた転生であったが、いざ蓋を開けてみると、向こうとこちらの世界では流れる時間の早さは違ったようで、彼がこちらの世界で亡くなり向こうの世界に転移して来てから、わずか6年しか経っていなかった。


この時間のズレによるタイミングや、強い縁を持つアイテムの利用などの結果、彼の妹の長女として誕生することが出来たのだ。

これを幸運と言わずして何と言おう。


「約束は必ず果たすから見ていろ」


そう仏壇に手を合わせると、智恵理はリビングに駆けて行った。


畳と仏壇がある落ち着いた仏間とは違い、明るい木目を基調とした家具で揃えられた開放感のあるリビングには既に父と母、そして母に抱かれ指を咥えながらこちらを見つめるまだ1歳の弟が居た。


食卓の真ん中には綺麗にデコレーションされたホールのケーキと、その上にはイチゴをの隙間を埋めるように6本のろうそくがまだ火がついてない状態で突き刺さっていた。

ケーキに飾られたチョコレートプレートには

『ちえりちゃん、Happy Birthday』と書かれている。


「ほら、智恵理。キッチンで手を洗っといで」

「ハイハイ」

「返事は一回って言ってるでしょ?」

「はーい」


マナーの厳しさや小言の多さが妹を思い出す。

妹という生き物は総じてこうなのだろうか?


「まぁまぁ、ママも今日はあまくていいんじゃないかい?なんたって智恵理の誕生日なんだし」

「パパが甘やかしてばっかりだから、バランス取ってるんです!この子ったら放っておいたら何するか分からないんだもの!一体誰に似たのかしら?」


なんと失礼な。

確かについ先日、向こうの世界にいた頃にリンドウから話に聞いていた『自動車』という物の実物を見て、動かしたくなり、父の鍵をくすねて、見様見真似でエンジンをかけて、こっぴどく叱られたりしたが。

あれは運転に際して免許という許可証が必要で私の今の年齢では乗れない事を事前に説明しなかった両親にも落ち度はある。


手を洗いながら、少しむくれる。

そんな私の様子を察したのか、優しい父がフォローを入れてくれる。


「智恵理は周りの子よりも覚えが良いんだと思う。言葉を覚えるのも早かったし、多分頭の回転も早い。僕でも君でもなく、君のお兄さんに似たのかもしれないよ」


惜しいパパ上。知識の元は確かにそうだけど。


「兄さんに似たのならますますロクなことにならないじゃない。小学生の頃の兄さんみたいに鳥になろうとして3階から飛び降りたりされたら正気でいられる自信がないわ」


リンドウよ...お主は何をしておったんじゃ...


彼の落ち着いた振る舞いからはもはや想像も出来ないわんぱくぶりである。


「来年からは智恵理もいよいよ小学生なんだし、なんたってお姉ちゃんなんだ。そんな無茶はもうしないさ」


パパ上は私の事をいつも擁護してくれる所がある。

男親が娘に甘いというのはきっと世界が変わろうとも同じなのだろう。

ここはパパ上にしっかり便乗させてもらうとしよう。


「その通り!ママも見くびらないでちょうだい!来年からは私は小学生、つまり小さいと言えど学びし者。

私の行動は全て目標達成に向けた必要な探求でしかない!中身のないその辺の小童どもと一緒にしないで欲しい!」


「どこで覚えてくるのかしら、そんな言い回し。テレビの影響なの?変な口調が染みつかないといいんだけど」


キッチンからドヤ顔で食卓に戻る私に、母は盛大に呆れた顔で応えた。


「なぁ、ユーキも賢いお姉ちゃんが好きだよな?」

「???・・・あい!」

子供用の椅子に座る弟は何も含みの無さそうなニコニコした笑顔で私に笑いかけてくれた。


「こら、ユーキに変な事教えない。ほらほら、ろうそくに火を付けるから、パパはカメラ用意して!」


6つのろうそくに火が灯り、ケーキの向こうには笑顔の父がカメラを構えて待っていた。

こちらの世界では歳の数のろうそくをひと息で消す事が祝いの合図となるのだという。

エルフなどの長命種がいたら決して成立しない文化だなぁとしみじみ思う。数百本もろうそくなんて刺そうもんならケーキの原型はもはや無いだろう。なんなら小さい火柱でしかない。


「ほら、智恵理。ふー!しなさい!ふーっ!」


母が口を尖らせて、ろうそくを消すように促してくる。


「よーし、ふーっ!」

勢いよく吹き出した息は無事6つのろうそくを消し、一瞬の静寂を生み出した。


「「智恵理、お誕生日おめでとう!」」


両親が少し間を開けて拍手と共に祝ってくれる。

父はすぐにカメラを構え直しカシャカシャと私の姿を写真に収めていた。

このカメラという物で撮られた姿が記録として残り、思い出になったり、場合によっては資料になるのだと言う。

向こうの世界では絵師に描かせていたような事が、このカメラで簡単にできるのである。


まだまだ私が知らないワクワクする事ばかりがこの世界には溢れていた。

小学生になったら自由に行動できるチャンスは今の幼稚園よりもきっと増えるだろう。

私はそれが何より待ち遠しく、そして楽しみであった。


私の目標は依然として変わらない。

小学生でゲームクリエイターとしての才を磨くのだ。


私、智恵理はそう改めて決意し、取り分けられたケーキのイチゴを頬張った。


「にしても、こっちの世界は食べ物が美味い!」


小さく放った転生者にしか出ない発言は、家族の誰にも聴き取られる事なく流れていった。

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クリエイターの後継者 如月雪兎 @tako0846

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