ギルドが崩壊した事件の一週間後、俺はランカさんとヒイラギさんの二人とともにモンスターの生息する森に来ていた。ここはこの近辺の街にいる冒険者見習いが最初に訪れる場所らしい。最初にオークに教われたあの日以来、初めてモンスターたちの生息する場所に足を踏み入れた。

　なぜ一週間も期間が空いているのかというと、崩れ落ちたギルドの瓦礫を撤去する作業の手伝いをしていたからだ。想定外の出来事で君の責任ではないと言われたが、意図してのことではないとはいえ壊してしまったのは間違いなく俺自身だ。せめて片付けぐらいやらせて欲しいということで作業を手伝っていた。

　そして昨日瓦礫の撤去作業が完了し、建築作業が始まり手伝えることがなくなってしまったので、とりあえず戦闘の経験をしようということでこの森にやって来たというわけだ。

　測定の判定の結果判明した俺のステータスはかなり異質なものだったらしい。

　まずレベルが異常に高く、トップレベルの冒険者に匹敵する程だった。

　転移者は元の世界での経験が反映されるうえ、得られる経験値の倍率が通常より高い。そのため高レベルになりやすいのだが、それを加味しても俺の数値は高すぎるらしい。どうやら日々行っていた野球の練習が経験値に反映され、そこに転移者の高い経験値取得倍率が合わさりそのようなステータスになったようだ（ただ、あくまでランカさんやヒイラギさんと話した上での推測だ）。

　そしてもう一つ、デメリットスキル魔法適正０というステータスだ。

　デメリットスキルとは大きなトラウマが刻まれるような出来事があった際に希に発現することがあるもので、本来加護を受けたばかりの者にはないものらしい。

　このデメリットスキルのせいで俺には一切の魔力が存在せず、魔法を自力で使えない。　その影響で俺は魔力の使用を前提とするステータス測定の道具が使えなかったわけだ。

　魔力量に個人差はあっても魔力が一切ない生物はこの世界に存在せず、これまでに確認されたことのないスキルなのだという。しかしその代償として本来魔力や魔法に関する方面に配分される数値がその他の身体能力方面に割り当てられており、身体能力のステータスは同レベルの冒険者と比べても非常に優れているそうだ。

「でも、魔法が使えないって大丈夫なんですか？」

「冒険していれば必要な場面が当然出てくるが、魔法が使える他の冒険者と組めば問題ない。基本的に冒険は数人でパーティを組んでやるものだからね」

　しばらく森の中を歩いたが今のところモンスターに一切遭遇していない。

　本来どの程度遭遇するものなのか俺には分からないが、街に行くためにランカさんと森を歩いていたとき(今回いるのはランカさんが住んでいる森とは違う場所だ)はそれなりの頻度で遭遇していたはずだ。

「全然モンスターいないねぇ。なんでかなぁ」

　ヒイラギさんは赤色の瓢箪で酒を飲みながら辺りをキョロキョロと見渡す。この一週間この人が白面になった瞬間を俺は一度も目にしていない。モンスターがいるこんな場所に来てまで飲むなんて、よっぽど酒がないとダメらしい。

「……これが依存症か」

「へ？　何か言った？」

「いや、何も言ってないですよ」

　よかった。酒のせいで耳が遠いらしい。

「ふむ。ギルドの建物が壊れて、現在は急ぎのクエスト以外は受けていないそうだからな。日銭を稼ぐためにこの辺りのモンスターを倒しているやつが多いのかもしれないな」

　冒険者の主な収入はクエストによるもの――別の街へ移動する際の護衛や、モンスターの討伐、武器や道具の作成のための素材集め等の依頼を行うことによる報酬だ。

　しかし、それ以外にもモンスターの落とすアイテムを売ることでも収入を得ている。

　モンスターが必ず落とす魔力の結晶は生活の必需品であり、日常生活で使われる魔法の魔力の素として使われている。俺がいた世界で言えば電気のような扱いのものだ。一つぐらいでは大した値段にならないが、どんなモンスターからでも手に入れることが可能なので割りと安定した収入源になるらしい。

　酒場の瓦礫撤去の作業中に、俺の噂を聞いた冒険者のおっさんたちが話しかけてきてくれたのでこちらの世界の事情を少しは分かるようになったのだ。

「まぁ、お金を稼ぐのが目的で来たわけでもないから少ないのは別にいいけど、こんなに出てこないとタケシくんの戦いの練習もできないね」

　――バキッ！　バキバキ！

　遠くから木がへし折られる聞き覚えのある音が鳴り響いた。

　全身に悪寒が走り、筋肉がこわばる。

　あの、豚の化け物だ。

　命が終わる瞬間が目の前に迫ったあの恐怖が頭によぎる。足を怪我し、もはや逃げられない俺を嘲笑うよだれを垂らした醜い豚の顔。

　女神の加護を受けたことで今の俺は建物を一撃で崩壊させてしまう程のパワーを持ち、あの化け物とも戦える力を手に入れたということを頭では分かっている。しかし、あのとき体験した恐怖はあまりにも鮮明に脳裏に焼き付いていた。

　そんな俺の心境を察したのかランカさんは俺の肩に優しく手を置く。

「心配しなくていい。この森にいるオーク程度じゃ、今の君にかすり傷一つ負わせることはできない」

　バキバキ！！

　音が少しずつこちらへ近づいてきている。

　地面から微かに伝わる振動で、一歩一歩こちらへあいつが向かってきていることが分かった。

「――来た。最初の相手だよ」

　目の前にあの時俺を襲った豚の顔をした巨体の化け物が姿を表す。

　俺は体の震えを抑えながらバットのグリップを強く握りしめ、化け物の前に立った。