憂鬱

原氷

第1話

薄曇りの空の下、古びた街が静かに佇んでいた。ここでは、時間が止まったかのように感じられる。石畳の道は雨に濡れ、光を失った街灯が不気味に揺れていた。


主人公の真理は、朝の目覚めから心の重みを感じていた。彼女は小さなアパートの一室で、一人きりの生活を送っていた。周囲の喧騒は遠く感じ、彼女の心の中は常に静寂に包まれていた。鏡の前に立ち、自分の姿を見つめると、そこに映るのは無表情な顔だった。


毎日のルーチンは、無機質な音を立てながら続いた。朝食をとり、仕事へ向かう。真理はデータ入力の仕事をしていたが、画面に映る数字は彼女の感情を反映することなく、淡々と流れていく。昼休みの間、彼女は同僚たちと会話を交わすことなく、一人で公園のベンチに座った。周りの子供たちの笑い声が耳に届くが、それはどこか遠い世界の出来事のようだった。


ある日、街に新しいカフェがオープンした。友人から「行ってみて」と勧められた真理は、半ば無理やり足を運んだ。カフェの中は温かみのある灯りに包まれ、優しい音楽が流れていた。だが、彼女の心には何も響かなかった。周りの人々の笑顔が、自分には一生縁のないものに思えた。


カフェの隅で、一人の男性が本を読んでいるのが目に入った。彼は時折顔を上げ、周りを見渡していた。その瞬間、彼の目が真理と交差した。彼の瞳には何か特別なものが宿っているように見えたが、すぐに視線を逸らしてしまった。


日々はそのまま続いた。真理は孤独を抱えながら生活を続けた。彼女は時折、街の中で見かける人々に向けて無意識に微笑みかけるが、その微笑みはいつも無言の悲しみを伴っていた。


ある雨の日、真理はまたカフェを訪れた。男性が座っているのを見つけ、思わず心臓が高鳴った。彼女は少し勇気を出して、彼の隣に座った。話しかけることはできなかったが、彼が読む本のタイトルをちらりと見た。「孤独の深淵」。その瞬間、彼女の心に何かが響いた。


時間が経つにつれ、彼らは互いに無言の理解を深めていった。男性は静かに真理の存在を受け入れ、彼女もまた彼の存在を心のどこかで求めていた。しかし、言葉がないまま、彼らの距離は縮まらなかった。


真理はその後もカフェに通い続けたが、彼と話すことはなかった。ただ、彼の隣に座り、同じ空間を共有するだけだった。彼女は自分の中の憂鬱が、彼といるときだけ少し和らぐことに気づいた。


そしてある日、男性は姿を消した。カフェには彼の座っていた場所だけが空いていた。真理の心に深い穴が開いた。彼がいなくなったことで、彼女の孤独はさらに際立った。


薄曇りの空の下、真理は再び街を歩く。周囲の喧騒は変わらず続くが、彼女の心はもはやそこに存在しないようだった。彼女はただ、無言の悲しみを抱えながら、灰色の街を彷徨い続けるのだった。

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