指輪

1


 零が病院を抜け出す直前。なでしこ総合病院。

「……解りました。ですが、一つだけ条件があります」

「条件?」

「当たり前じゃあないですか! 僕は昨日、あの人……黒鳥所長とほぼ零距離で殺し合いで、半日ですが死の淵を彷徨ったので、もしかしたら、保護しないでそのまま殺してしまうかもしれません。それとあの人、自分だけじゃあなくて、僕の大事な親友と義兄にも手に掛けようとしたので」

「……」

 零の言葉に、由梨は言葉を失う。

 そして、同時に零の瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。

 ただし、実際には泣いてはいない。

「だけど由梨さん。貴女が、黒鳥恭輔を助けたい気持ちも少しは理解できます。だから、自分と賭けをしませんか?」

「賭け?」

「賭けです。自分は多分……いえ? 自分は、間違いなく黒鳥恭輔を殺します。ですから、こっちの……」

 いきな零の言葉が途切れる。

 そして、零の体が一瞬、横に揺れたと思ったら、

「……全くこっちだって、昨日の傷が癒えてないんだぞ! あぁ? 誰だ! この女?」

「……零くん?」

 いきな零の言葉が途切れる。

 そして、零の体が一瞬、横に揺れたと思ったら、

 いきなり自分のことを「誰だこの女と?」と言い始めた零に、由梨はパニックに陥る。

「あぁ? お前? あの殺し屋の女か? おい! 病み上がりの零に、余計な事させるじゃあないよ! お前! あいつを殺す気か?」

 どこに隠していたのかサバイバルナイフを由梨の首筋に押しつける。

 首筋から血が少し流れてくる。

「貴方一体何者? 零くんは一体どこに行ったの?」

 由梨の質問に、零の裏人格であるゼロは、笑みを浮かべながら、

「……俺も零だ。 但し、裏人格のゼロだけどなぁ」

「……裏人格?」

「だから、あいつのことを傷つけようとする奴に俺は容赦しないし、なんならこの世から消えて貰う。でもそれは、あくまで、あいつに危害が出た場合のみだけ。だから、俺が零の代わりに黒鳥恭輔を助けてやるよ? まぁ? あの男が、零のことを一瞬でも殺すそぶりを見せたら即行殺す。それでもいいなら、オレが、約束守ってやるよ? 城谷由梨様」

 サバイバルナイフを押し付けたまま、由梨に顔を近づけるゼロに、由梨は思わず、

「離して!」

 と零の体を払いのける。

 その衝撃で、ゼロから零に戻る。

「いたたたたた。ここの看護師さんは、患者? それもさっきまで死に掛けていた患者を叩きつけるですね?」

「そそそれは……」

 何も言い返せない。

 不可抗力とは言え、怪我人を突き飛ばしたことには変わりない。

「冗談ですよ? それに由梨さん事大丈夫ですか? それ? ゼロにやられたんですよね? あいつ、おれのことになると制御がまったくきかなくなるので」

 まるで、恋人を想うかのように笑う零に、

「かわいい」

「えっ?」

「あぁ! ごめんなさい。余りにもさっきまでとギャップがあり過ぎて」

「ふふふ。そうですね? 由梨さん。僕には、両親がいないです。そして、そんな僕の心と僕自身を護る為にゼロが生まれたんです」

「えっ!」

「由梨さん。もし、僕の身になにかあったら、この指輪を清水恭弥っていう僕の幼馴染に渡して貰えませんか?」

 由梨に、どこに隠していたのかシルバーの指輪(表面が少し血で汚れている)を手渡す。

「これは?」

「僕の亡くなった両親の形見です。僕には家族と呼べる人間はもういません。けど、清水恭弥とは、血こそ繋がっていないけど、僕にとっては兄みたいな存在なんです。だから、僕の身になにかったら、彼が悲しまない様にこの指輪を渡してください。じゃあ? もう行きますね?」

 由梨が返そうとしたシルバーの指輪を、再び由梨に押し返すと入院着を脱ぎ捨てると、テーブルの上に置かれていた白いシャツとブラウンのズボン(智樹が用意してくれた着替え)に着替え、スマホだけ持って病院しか出て行く。

「待って零……」

 一人、病室に残された由梨は、零のことを追い掛けることもどうすることもできず、ただ指輪を見詰めていた。

 しかし、この指輪には、由梨は気づかなかったが、こんな言葉刻印されていた。

 「Loved ones」:「愛する人」


 





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