④
その瞬間から数分の間の事は、今でも全く思い出す事ができない。だが、気が付いた時、私は四つん這いの状態からすでに立ち上がっていて、さっきまで持て余し気味にしていた傘の柄を両手でしっかりと握り締めていた。そして。
「……やめて、やめて下さい。ごめんなさい、もうしません。許して下さい、本当にごめんなさい」
私の足元には、さっきまで私を嬲っていたであろう連中の一人が四つん這いの状態で蹲っていた。亀のように丸まって頭を抱えていたが、その両腕には真っ赤なあざがいくつも出来上がっており、背中や両足にも何かに打ち付けられたような痕がくっきりと残っている。そんな一人を、他の何人かが顔を引きつらせて見つめていた。
私はそいつらに視線を移した。すると奴らは途端に「ひいっ」と情けない悲鳴を出して、それぞれ持っていた傘をその手から離した。中にはガタガタと震えて、今にも漏らしてしまいそうな奴までいる。
私は奴らを順番に見つめた後、やっと察する事ができた。ああ、そういう事かと。思い出す事もできないが、私はやり返す事ができたんだと分かった。
そして、そんな私に怯え始めた奴らを見て、今までの事が一気にバカらしくなった。
何だ、何だよ。
私は今まで、こんな連中の為に悩んで、苦しんで、ずっと我慢してきたのか?
こんな、ちょっとやり返してやっただけで震え出すような情けない奴らの為に、何年も? そんな価値が、こいつらのどこにあった? ある訳がない!
もう怖がらなくていいんだ。悩む事も、苦しむ事も、我慢する事もない。そんな必要、最初からなかったんだ!!
頭の中が、とてもすっきりとした気分だった。なのに、心の中はそれとは正反対にどんどんどす黒いものに占められていって、それを如実に表すかのように、私は目の前で怯え続ける奴らに不敵な笑みを浮かべてやった。
これが、数年にわたって地元で名を馳せる事になる悪童の生まれた瞬間だった。
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