◇◇村上健司◇◇ 問題

 パズルのピースがはまるたび、完成系の絵を見たくない気持ちと、どうしてなのかわけを知りたい気持ちが拮抗する。


 俺は朝から、副社長室のデスク周り、引出しの中を不自然にならないように注意しながら確認している。盗聴器が今のところ見つからない事が、苛立ちに拍車をかけている。

 ガラス張りの上にこの部屋は、俺が退社する時以外は鍵をかけたりはしないのだ。 

 だけど、もちろん秘書である浅見さんの他には、俺の留守中に許可なく入ってくる人間なんていないだろうし、もしそんな事があればどこからでも見えてしまい、不審に思われるに違いない。


 やっぱりいくらなんでも盗聴器なんて考え過ぎか……。

 片肘をついて、空になった俺の使っているコーヒーカップの縁をコンコンと机に打ち付ける。ペットボトルや缶コーヒーよりも陶器のマイカップが落ち着く。

 給湯室にもふわふわの泡が出るデロンギのコーヒーメーカーが置いてある。富士山の水も無料だけど、紙コップじゃなくてそこもマイカップだ。

 そんなわけで俺以外にもマイカップを会社に置いている社員がほとんどだ。昭和時代のオフィスがそうだったらしいけど、一周回って今はエコの観点から我が社はマイカップ推奨。


 もちろんいつもは一日一回程度しか飲まないから自分で洗う。でも今日は何度浅見さんに給湯室との往復をさせてしまったことやら……。

「え……」

 人間の出入りが自由じゃなく、誰かに見られてしまう可能性が高いなら、人間じゃないものの出入りはどうだろう。出入りしても不自然に見られないものは……。

 俺はマイカップを手に席を立って給湯室に向かった。

「副社長! わたしやりますよ、今日は」

 カップを手に部屋から出てきた俺に浅見さんが声をかける。

「いいんだ。ちょっと気分転換に休憩してくる」

「……そうですか」


 俺は銀の巨大球体に見える中央エリアに向かった。本当は円筒で、男性用の勾玉ルームと女性用の勾玉ルームが合わさり円の形になる。

 勾玉は三分割されていて、一番奥がパウダールーム、一番手前が給湯設備のある休憩室。真ん中はパウダールームと隔てるために、透明ガラスで仕切られて大型観葉植物が大量に置いてあるという意味のわからないスペースだ。そのうち何かに使われるかと思う。

 デロンギのコーヒーメーカーが置いてあるのは、一応は男性用の方で、富士山水の給水タンクが置いてあるのが、一応女性用の方。

〝一応〟なのは、給湯スペースまでは誰でもどっちにも入れるようになっているからだ。給湯室への入り口が横にもあって入りやすい。カップを置くのもどちらに置いてもいい。よく使う方に男女とも置いている。


 二つの給湯室兼休憩室の雰囲気はデロンギのコーヒーメーカーがある方が、ニューヨーク風、で、富士山水の給水タンクがある方は密林をイメージしたものだそうだ。

 なんでこんな意味不明な意匠になっているのかって、それは創設メンバーの中に建築学科出身の冨永がいるからだ。ここの設計は俺がやりたいと息をまくから、みんなが「どうぞどうぞ好きにやってね、その代わりダサくはするなよ」になった結果、こういう銀色球体に見える妙な空間に仕上がった。うちのオフィスの目玉だ。


 俺のガラス張り案含め冨永がうまく形にしてくれた事で、ショート動画で近代的オフィスとしてバズった。実際使う社員の評判も悪くない。

 俺はコーヒーメーカーのカフェラテを淹れるとそれを手に、反対側の密林バージョンの休憩室でぼーっとすることもある。白い椅子に座って、緑の木々の上を流れ落ちていく水を見ていると、落ち着くのだ。壁に這わせた蔦の上に透明ガラスを被せたアクアウォールだ。実際、男女に関わらず、こっちで休憩している人間が多いと思う。

 でも今日、俺はここに休憩をしにきたわけじゃない。ここだけがガラス張りじゃないからだ。


 デロンギの方の休憩室には誰もいなかった。

 俺はシンクの前で、陶器のマイカップの底部分を目で、それから指で、丹念に、だけど触れるだけのようにしてそっと確認する。ごつごつ、ざらざらしていてわかりづらいが、均等に凹んだ底部分の、一箇所が明らかに盛り上がっている。

 底なんかふだん手で触らないけど、以前この盛り上がりがあったようには思えない。質感からしても、最近のもののように感じる。

 たぶんこれだなー、盗聴器。

 シンクの引き出しからフォークを出してこじ開ければ確実だけど、その音まで盗聴器は拾ってしまうだろう。それでは相手に、こっちが盗聴器に気づいたと教えているようなもんだ。だから決定打にはなり得ようがない。


 でもこれが盗聴器の可能性は限りなく高い。

 もしそうだとすれば、俺がナツと枝川を呼び出したあの夜に三人でした会話を、盗聴器は拾ってくれているはずだ。片付けてから退社するのが常だけど、暖房の止まったオフィスは寒くて、俺と枝川はコーヒーを淹れに行った。確かにカップは俺らの近くにあった。

 これから、もしかしたら業務外の余分なミッションが長丁場になるかもしれないな、と覚悟を決める。

「なんかーー」

 わくわくするかも、的な独り言が漏れそうになり、あぶねえあぶねえ、とカップに視線を落として口をつぐんだ。面倒なはずなのに気持ちが変に高揚してもいる。

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