First Last LOVE
菜の夏
◇◇村上健司◇◇ 邂逅
「村上―! いい加減にしてよ! いつまでたってもおわんないじゃな……げ?」
教卓の前で
箒をバットがわりに
俺の打った
「臭いっ!」
「けっ。鈍いやつめ」
「村上っ! もおおおおお! 怒ったぁー」
月城が雑巾を手に、短いチュールスカートをものともしない大股でこっちに突進してくる。
肩より少し長いサラサラの髪が、校舎の窓から入る午後の陽の光に透け、すごく綺麗だった。
俺は机の間をぬって逃げる。月城は追いかけてくる。
「いたっ!」
月城が机横のフックに吊っていた給食袋かなんかに引っ掛かり、豪快に転ぶ。
「月城っ?」
俺はすぐさまUターンして月城の元に戻った。
「骨が折れた」
机に寄りかかって腰をさすっている。
「嘘つけ!」
「でも痛いのはホントだもん。もう真面目にやってくれないと、女子の負担がめっちゃ増えるんだからね」
俯いて悲しそうな口調で呟く。
「わかったよ。ちゃんとやる。ゴミ、捨ててくるよ」
「明日からもだからねっ!」
「わかったよ。月姫さま」
「またそれでごまかすー!」
「ごまかしてません。月姫さま」
「ホントだなっ?」
月城は元気よく立ち上がった。
わざと転んで、俺が戻ってくることだってちゃんと計算済みだろ? でもそれさえ楽しい。
それに、月姫さま、って機嫌取ると、月城はいつもふくれるけど、俺からしてみるとまんざらでまかせでもないんだよ。
サラサラで艶々の髪からいい匂いがして、それが胸を苦しくさせる。月に還ってしまったお姫さまをどこかで連想させるからなんだと思う。
楽しくてたまらないのに、君への切ない感情が尾を引いたまま、場面は唐突に林間学校のキャンプファイヤーに切り替わっている。
たぶん小学校の五年か六年だ。
リズムに合わせて徐々に相手がズレていくフォークダンスで、俺はあと数人で回ってくるサラサラの髪の子に意識が集中してしまう。
踊っている男子に何か言われたのかケラケラ笑う。
笑顔がめちゃくちゃに可愛い。輝いている。あと二人で俺の番。
どっくんどっくんどっくん、と心臓が皮膚を持ち上げる勢いで脈打っている。破裂しかねないと心配になるが、なぜかその割に頭は冷静だ。
今、月城を笑わせたやつより、もっと面白いことを言ってやる。もっと月城にいい笑顔をさせてやるっ。
おかしな闘志と痛いほどの胸の高鳴りの中で月城の手を取る瞬間が……。
〝リリリリリー。リリリリリー〟
「……えっ……」
俺はスマホのアラームをガシガシとタップして止めた。夢の淵から覚めるのがもったいなく、どうにかもう一度夢の続きに戻ろうと努める。
「無理なんだよ、こういうのって……」
のろのろとベッドの上に上半身を起こす。
めちゃくちゃ懐かしくて気分のいい夢だったのに、あともうちょっとのところでこいつに起こされた。
手にしたスマホに向かってため息が落ちる。
まあ、夢ってなぜかこういうもんだ。
中高生の頃によく見たエロい夢でもたいていいいところで目が覚めて、どうにかもう一度寝ようとするけどそれはかなわない。
それにしても不思議だな。
なんだって今さら、あんな小学校時代の夢を見たんだろう。
もう、あれから十五年くらいは、経っているんじゃないだろうか。
「
小学校の五年、六年が同じクラスだった明るくて元気のいい女の子で、じゃれ合うような気安い仲だった。
……そう、それが、俺の初恋の相手。
まったくすれていなかった、純朴な頃の俺の初めての恋で、夢に出てきたキャンプファイヤーでのフォークダンスの時の感情は今でもよく覚えている。
自分で自分の鼓動の速さに驚きすぎたからだ。
中学受験をして私立大学付属の男子校に通い始めた俺は、月城一颯とは小学校卒業の時に離れてしまった。
何も言わずに月城と別れた。喧嘩友達だった月城に対して、つき合うだとか告白だとか、そういう概念自体が思い浮かばなかった。 幼くて、まだ自分の感情がそこまで強いものだと自覚もできずにいたのだ。
その後、何度かあったクラス会に、月城は最初の一、二回だけ来て、その後は姿を見せていない。そして高校に入ったくらいから、小学校のクラス会自体が開催されなくなった。
二十六になるこの年まで、俺は何人もの女の子を好きになり、交際にも発展した。一度つき合い始めると数年は続くパターンが多かった。恋愛に関しても、それなりに充実した青春時代を送ってきた方だと思う。
でもいまだにどうしてもこの子だ! という相手には巡り会えていないような気がする。結婚とは、そういう相手とするものだという気持ちが、いつの頃からか強くなってきていた。今、仕事が面白くて、恋愛とか結婚への願望が薄れていることもあるんだろう。だけど、おそらく、一番の原因は親友の恋愛を近くで見てきた事が大きい。
今の会社、Canalsは大学三年の時に仲間十人で創業した。そのうちのひとり、代表取締役をやっている男、一ノ瀬夏哉がそれだ。
俺と一ノ瀬夏哉、ナツは中学からK大の付属に入り、そのまま大学と創業した現在の会社まで同じ時を過ごしている。
中学からラグビー部に所属し、高校三年、引退前の国体は一緒に出場した仲だ。
十五人というギリギリの人数で奇跡的に国体に出られた俺たちは、一回戦負けしたあと、腰のかなり下の方に全員でタトゥーを入れた。〝FORGA〟というなんかかっこいいだろ? 的なノリだけの意味のない綴りだ。要は十五人だけに通じる暗号がよかった。絆として、世に流通していない単語がよかった。
若気の至りもいいところだが、腰の下の方に小さく入れたことで消さずに済んでいる。FORGAのつながりは今でも強固だが、公私共に中坊の頃から現在に至るまで、一番近くにいて、一番親しい友達関係にあるのが、おそらくナツだ。
運動神経の塊のような人種で、ラグビーだのボクシングだのヨットだのと男臭いスポーツにばかり熱中してきたナツだが、それに反してマスクは甘い路線のイケメン、高身長で筋肉質な割には、着痩せしてスタイリッシュに見えるタイプだった。いわゆる細マッチョというやつだろう。
当然、中学時代から女によくモテた。
しかしやつは大学入学時までまともな恋愛をしてこなかった。
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