第30話

 雄別朝子は欠席だった。職員室で担任にそう言われ、慎二は連絡先を教えてほしいと頼んだが、本人の承諾なしに個人の情報は教えられないと断られた。

「いろいろ言われているけど気にするな。皆にはホームルームで、それとなく言ってみるよ」

 教室に戻った慎二は、朝子のケイタイの番号やらメールやらSNSやらをクラスの女子に訊いて回った。ふだんは口などきかぬアヤシイ男子からの問いに、知らないとの答えしか返ってこなかった。

「手を付けた女のことを、なんにも知らないってどういうこと。ああ、あれね。カラダ目当てのお遊びだったてことかな」

「一回やっちゃえば、あとは捨ててもいいってことじゃん。それとも、お乳が大きかったから、もう一回ってとこかしら」

「菖蒲ヶ原さんも、一回だったりしてね」

 わざわざ慎二の目の前にやってきて、ネチネチと嫌味を言うのは、あの三人組女子たちだ。いつもながらのさも憎々し気な表情で、自分が投げつけた言葉に、どうだと言わんばかりの態度である。

「おまえら、男から相手にされないだろう」

 クラス中が凍りついてしまうことを、慎二が言い放った。 

「はあ?」

「なに言っての」

「バッカじゃないの」

 悪口が大好きな女子だけあって、それくらいの侮辱ではひるまない。

「おまえらみたいなブスでも、赤川は義理で付き合ってやってるんだよ」

 慎二は女の子が気にかけているであろう身体的特徴を鉾として、さらに赤川を盾に使って追い打ちをかけた。じっさいは三人ともごくごく普通の顔立ちであり、醜いというわけではないのだが、男子に面と向かって言われると心に刺さるものである。

「・・・」

 さすがに、すぐには反撃することができなかった。リロードする時間が必要である。  

「ああ、そうか。おまえら男にモテないから、三人で仲がいいのか。愛し合ってるか」

 その挑発は、あきらかに余計だった。女子たちの顔色が変わり、次の瞬間には烈火のごとく怒りだした。

「バカッ、ヘンタイ、このクソ野郎」

「チカン、死ね。今日死ね、すぐ死ね、いま死ね」

「呪ってやるからな。死ぬまで呪ってやる」

 三人組はさんざんに悪態をつくと、最後にそのへんの椅子を蹴って教室を出て行ってしまった。その様子を教室の入り口付近で見ていた赤川が、彼女たちと入れ替わりにやって来た。いつもの柔らかなイケメン顔が岩石みたいに硬質である。 

「慎二、やり過ぎだ。言っていいことと悪いことがあるぞ。一度ぶっ壊れると、二度ともとに戻らんこともあるんだ。取り返しがつかないことをするな」

 そう言って強く肩をつかんだ。もっと説教してやろうとしたが、うるんで赤くなった友人の眼が悲痛を訴えていることに気づいた。

「そうか」

 彼もまた心が傷ついていることを知る。一度頷き、今度は両手で慎二の肩をつかんだ。  

「なあ、あいつらの挑発になんてのるなよ。らしくないぞ。クールな慎二でいこうぜ」

 イケメンスマイルは、いつもより三割増しであった。

「そうだな。あとで謝っとくよ」

 心からの謝罪となるかは本人にもわからないが、慎二はそうするつもりだった。一時的に頭に血がのぼっただけで、心からの悪意ではない。

「いや、それはオレがなんとかする。それと二度とおまえには絡まないようにもしておく。これは約束だ」

「すまんな」

 昼休み終了のチャイムが鳴った。いそいそと生徒たちが席に着く。教師が来る間、教室の中はいつになく緊迫していた。


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