第8章 セーヌ川にて楽園を想う

第105話

 翌日、滞在先のホテルでプレヌは絶賛暇をもてあましていた。


「コルネイユ家の人々がどこで目を光らせてるかわからないから。一人では外出しないように」


 とロジェに言われたのだ。

 エスポール探しは? と訊いたところ、


「身の安全第一だろ。家に連れ戻されて監禁されたら外国行きどころじゃなくなんだぞ」


 それもたしかにということで、それ以上言い返せなかった。


 中庭を歩いてみたり、ホテルマンと天気の話をしてみたり、自分なりにつれづれを紛らわそうとしたが、結局午前中の半分しかつぶれなくて今、部屋の窓辺で本を片手に大人しく座っている。



 小さな小鳥を主人公とした風変わりな物語だった。

 掃きだめに生まれた小鳥は思う。

 ここで言い来てはいけないと。

 居場所を探して。

 使ったことのない翼をはばたかせ。

 鳥は飛翔していく――。


 からんからんと、どこからか鐘の音が響いてくる。


 窓を見るとパサージュを出てすぐのところの大聖堂で、結婚式が行われているようだ。

 集団が小路にまでこぼれるように出てきている。


「うわぁ」


 花嫁のドレスのデザインが好みで、思わずじっと見てしまう。

 シルクの袖のないデザイン。肩には白いバラの花。

 あたりには着飾り二人を祝福する人々。

 涙をぬぐう夫人は新郎新婦どちらかの母親だろうか。

 タキシードの男性たちが新郎を冷やかしている。

 神父を介した誓いを済ませた後、新郎は花嫁のヴェールをあげ――。


 現れた愛らしいその顔を見て、プレヌは息を呑んだ。


 驚きの拍子に立ち上がり、数歩よろめくと、気がついたらその足で部屋を辞していた。

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