第103話

 オペラ座の外、夜空に街灯が灯るヴァンドーム広場の記念柱に、ロジェはそっとプレヌをもたせかけた。

 まだ感情を取り出されようとした余韻が残っている。

 かすかなだるさが半身に巣くい、息が乱れている彼女の両肩を支えて、斜め上からロジェが覗き込む。

「悪かった。きみから目を離すべきじゃなかった」

 あなたのせいではないと否定したいのに、息を継ぐのに忙しく言葉が出てこない。

 もどかしくて仕方なくて。


 プレヌは身を乗り出した。


「――っ」


 かすかに息を呑んだ彼の胸に、もたれかかる。


 一瞬の躊躇のあと、後ろに回される腕。


「だいじょうぶ。もうここは安全だから」


 徐々に落ち着いて深くなっていく呼吸。

 後味にやってきたのは意外にも爽快感だった。


 彼の腕の中、いたずらをしでかした少女のような笑みでプレヌは見上げる。

「言い返してやったわ」

 誇らしげに逸らした髪を撫でていく感触がする。

 よくやったと、と、ロジェは囁いた。

「見栄でかためられた連中なんて、あんなもんだけど――あの能力だけは厄介だ。もう関わらないほうがいい」

 大人しくうなずいたものの、まだ愉快の余韻は当分覚めそうになかった。



「でも、そういうあなたもずいぶんみごとな挑発だったわ。しかもはったりつき。恋人を通り越して妻ですって」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る