準備
準備
全力で真剣に生きていこう。
そう言う人もいるけれど、それって、危険だと思いませんか?
「後悔しないように……」
「失敗しないように……」
そうやって、まるで「今日を地球最後の日だと思え」とでも言うように、人は今を懸命に生きようとする。
人との出会いは一期一会だから、ひとつひとつを大切にしましょう、なんて、耳障りのいい言葉を並べて。
そうやって、あまりに今を大事にして、人生に正解し続けて、悔いもなく、最高に幸せだって思ったら……全力で真剣に生きていったら、明日に思い残すことが本当になくなって、なんだかストンと腑に落ちるように、こう思っちゃうんです。
『あ、死ねるわ……』って。
全力で生きるって、全力で死ぬ準備をしてるみたいじゃないですか?
「……あす、どうしたん?ヤミ期?」
放課後の教室で、窓の外を眺めていた明日美に、南朗の声が降ってきた。
「別に……。なんとなくそう思っただけです」
振り返らずに答えると、南朗は「あ、そう」と気の抜けた返事を寄越す。
沈黙が数秒。
「……
まさか、あの穏やかな人が、酷いことを言うはずもないと明日美は苦笑した。
「……あっくんは何も言いませんよ」
「まぁ、そうだな。淳史はイイ奴だもんな」
「……」
「おしっ!たこ焼きでも食べに行くか!」
突然の南朗の提案に、明日美はニヤリと笑った。
「ごちそうさまです!」
「……奢るなんて言ってねぇよ」
慌てて首を振る南朗に、明日美はすかさず畳み掛ける。
「今奢らなきゃ、いつ奢るんですか?」
「お前ってホント俺のこと先輩って思ってないよな?」
「え……逆にナロ先輩は自分のこと、先輩だって思えてるんですか?」
「……」
「……」
「……ちょっと無理かな」
「でしょ?」
明日美は勝ち誇ったように笑い、南朗は苦笑いを浮かべた。
「そのくせ奢らそうとするよな~」
そんな軽口を叩きながら、二人は夕暮れの教室から出ていった。
橙色の光が差し込む廊下を歩きながら、先輩は先ほどの明日美の独り言を蒸し返した。
「あす、つまりアレだろ?」
「はい?」
「何事も全力じゃなく、ほどほどに生きたいってことだろ?」
「……はい」
「でも、まぁ……確かに俺らはあれだよな。死ぬ時は『幸せだったー!!』って言いたいから頑張ってるのかもしんないな」
「……」
「なるほど、俺らは毎日死ぬ準備をしてるわけか……面白い」
「……」
明日美は南朗の横顔をじっと見つめた。
「あすと喋るのは面白いな」
そんな視線に気づいたのか、南朗はニッと笑った。
でも、明日美は真顔のまま、問いかけた。
「……ナロ先輩、変」
「……は?」
「私の話が……死ぬ話が面白いって……なんか心が病んでるんじゃないですか?」
「ええ!?言い出したのはあすだろ!?」
「面白いとまでは言ってません」
「あす……」
「なんですか?」
「……のんびり死ぬ準備した方が確かに長生きだな。俺、発見!!」
そう言って、南朗は満足げに頷いた。
明日美は思わず口角を上げる。
「……発見したのは、私です」
「いやいや、これは二人の発見ってことにしようぜ!!」
南朗は、楽しそうに笑って、明日美は「はいはい」と適当に相槌を打った。
「全力の短命が幸せだって人も、長く生きた方が幸せだって人も……色んな人がいるんだもんな」
「私は多分、幸薄く短命だと思います」
「何それ?良いとこ無しだな」
「そうですか?楽じゃないですかね?」
二人の伸びる影は、夕暮れの校庭にゆらゆらと揺れながら、校門を通り過ぎていった。
私達はどんな明日を選び、どんな最期を迎えるのだろう。
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