なまえ

なまえ

いつからだろう、その言葉が呪いのようにまとわりつくようになったのは。


その植物は、幹も葉もヒノキにそっくりだった。


けれど、その繊細な枝ぶりや、どこか物憂げに見える葉の色は、ヒノキの力強い生命力とは明らかに違っていた。


だから人々は、そんな木に、ひとつの願いを込めて名を付けた。


翌日(あした)、檜(ひのき)になろう。


───翌檜(あすなろ)。


でもその明日という希望の未来は手のひらに乗せた途端、いつの間にか「今日」という現実に姿を変えてしまう。


どれだけ手を伸ばしても、「明日」は掴んだ瞬間にするりと指の間をすり抜けていく。


いつまで経っても、結局「明日」は来やしない。


明日、きっと良くなる。


明日こそは。


そう何度願っても、アスナロがヒノキになれないように、あたしは──いや、あたしたちは、いつだって希望の姿にはなれない。


アスナロは、ヒノキじゃない。


それでも、あの木は静かに、ただひたすらに願うのだろう。


明日はなろう、と。


そうやって、日々を生きている。



「あす」



ぼんやりと空を見上げていたあたしの耳に、聞き慣れた声が届く。



「……」



返事をする気になれず、視線は動かさないまま。


けれど、その声は遠慮なくあたしの名前を呼ぶ。



明日美あすみ!!」



少しボリュームが上がったその声に、ようやく重い腰を上げた。


振り返ると、そこには案の定、呆れたような顔をした彼が立っていた。



「……聞こえてますよ、南朗なろう先輩」



そう答えると、彼は眉間の皺をさらに深くする。



「……じゃあ返事しろよ」



あす、ナロ。


あたしと先輩。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る