第28話 放課後メスブタティータイム

 富が丘高校の最寄り駅近くにある喫茶店チェーン・スドーバックス、通称スドバ。居心地の良さを突き詰めた店内はウッド調で、仕事やら勉強やらのワークスペースとして利用する者も多数いる。

 窓側の席でキーボードをカチャカチャ鳴らすやり手実業家みたいないけ好かない男の横を通り過ぎて、俺たちはローテーブルのソファー席に腰掛けた。やり手実業家が片瀬のおっぱいに目を奪われてこちらを見ている。射殺すような眼光で金井に睨まれた彼はワタワタしながら走り去っていった。何も気づいていない様子の乳メスブタは期間限定のメロンフラッペを宝物のように大切に手に持って弾ける笑顔を見せて言った。


「あたしこれ大好きなんだ! もうめちゃくちゃ好きすぎて鼻から飲めるレベル。ハチのやつ貸してみ、両方の鼻の穴にストロー入れて証明して見せるから」

「やだよ汚い。せっかく奢ってやったんだからちゃんと口で飲めよ」

「じょうだんじゃーん、がははは」


 なんだその海賊みたいな笑い方。隣の席に座って俺の肩をバチバチ叩きながら豪快に笑うピニャに辟易しつつストローをはむ。メロンの果肉がたっぷり入ったミルクフラッペは俺には少し甘すぎた。絶対にこれを飲めと勧められたから買ってみたが、大人しくシンプルなコーヒーにすりゃよかった。


「どう、おいしいでしょ!?」


 陽気に弾む問いかけ。満点の星空くらい輝く桜色の瞳。その純粋な光明を曇らせるのは忍びなくて、誤魔化すように勢いよくフラッペを啜った。俺のそんな様子を見て良いように解釈してくれた彼女は満足げに頷いている。


「そんなにがっつくほど美味しいんだ。分かる、分かるよハチ。けど、ゆっくり飲まないと果肉が喉に引っかかるから気をつけてね」

「──ゴッ!!!!???」

「──ハチっっ!!??」


 死にそうになるほど咽せる。

 メロン果肉が気管に入りかけた。あぶねぇ、果物に殺されるところだった。

 涙目で苦しむ俺の背中をさするピニャの様子を対面から眺めていた左近寺が抹茶フラッペを一口飲んで言った。


「ずいぶん仲良しっすよね。そのまま付き合っちゃえばいいじゃないっすか」

「えー、やだよ。ハチのこと好きじゃないし」


 え、すごいひどいこと言われたんだけど。


「あっ、違う違う、恋愛的な意味だから。ハチとあたしはチーム友達でしょ」


 肩を組んできてニコニコ笑うメスブタに無理やり体を揺らされる。

 やめろ、まだ苦しいんだ。

 猫の顔を模した可愛いケーキ(これも俺が奢った)をスマホで撮影していた金井が「犬神さぁ、さっそくだけど、せっかくだからあたしたちにアドバイスしてよ。今日から恋愛アドバイザーでしょ?」と、途中からケーキを口に含んでモゴモゴ言葉を濁らせながら言ってきた。

 ようやく息が整いはじめた俺はピニャを振り解いて頭を悩ませる。

 手塚が好きなもんでも教えてやるか。


「手塚はオレンジが好きらしいぞ」

「え、うそ!? あたしも好き! やば! これってさ、あたしと悠馬の気が合うってことだよね!?」

「オレンジくらいあっしも好きっすよ。というか好きな食べ物を言うだけで恋愛的アドバイスになるんすか?」

「はらはいとほほう」

「金井、口のもん飲み込んでから喋ってくんねぇと分からんすよ」

「ならないと思うって言った」

「と、いうことっすけど、他にもっと良い感じのアドバイスないんすか?」

「もうあたしと悠馬って運命の糸で結ばれてるってことでいいよね! だって二人ともオレンジが好きなんだよ! くぅー、甘酸っぱすぎるぅ! ふたりでこたつに入って食べさせ合いっこするんだ。それで、悠馬の唇があたしの指まで食べちゃって──うひゃぁー!! やばやば!! ちょっとちょっとぉ、エッチすぎるんですけどぉ〜!!」

「片瀬ちょっと黙ってくんないっすか?」

「ふふはいほ」


 敵情視察の際、彼女たちメスブタの日常を観察した経験はあるが、手塚との関係値を理解するには至っていない。恋愛の進行具合がどの程度なのかも分からないのに具体的なアドバイスを求められても困るというもんだ。的確なアドバイスが欲しいなら、それぞれが手塚との仲をどれだけ深められているかを俺に教えてくれないと難しい。文句を言われてもどうしようもない。

 ということで、ひとりひとりに手塚との現状を尋ねていくことにした。


「で、ピニャ、手塚とどれくらい進んでいるんだ?」

「えーっとねー」


 人差し指を胸の前でツンツンと付き合わせて恥ずかしそうに身を縮めながら乳メスブタは言った。


「休み時間に話たり、下校前にいっしょに帰ろって誘ったりしてるかな。この前なんてね、あたしが好きな漫画の話をしてたら『今度読んでみる』って言ってくれたんだよ!? え、なになに!? あたしと同じもの見たいってこと!? そんなこと言われたのはじめてだったからすっごく嬉しかったんだ。いっしょに下校したことはないけど、いつかは絶対に放課後デートしてみせる!」

「なるほど」


 日常会話レベルだな。


「それで、アドバイスは!?」

「……手塚が読んでみるって言った漫画の話題で会話すれば話も弾むんじゃないか?」

「──え、ハチってもしかして天才?」


 凡才です。

 続いて左近寺の聞き取りをする。


「で、左近寺、手塚とどれくらい進んでいるんだ?」


 銀縁眼鏡をやたらめったらスチャスチャ整えて赤らむ頬で眼鏡メスブタは言った。


「休み時間に話たり、放課後どっか行かないかって誘ったりしてるっす。まあ、放課後いっしょに遊べたことはないんすけど。あ、でも、すこいことがあったんすよ。この前、あっしが眼鏡の話をしていたら『眼鏡、好きだよな』って言ってくれたんすよ! えー!? マジっすか!? なんであっしが眼鏡好きって分かったんすか!? こんなの以心伝心以外のなにものでもないっすよね!? 心が通じ合ってる証拠っすよ! この調子で、必ず放課後デートももぎ取るっす」

「なるほど」


 なんで分かったもクソもないと思う。そもそも眼鏡の話をしていたんじゃねぇか。普通の人はそんな話題でトークしないよ。眼鏡をかけている人間を見つけたら眼鏡の詳細を尋問してくる変人で、奇怪なことにその日ごとで身につける眼鏡がコロコロ変わる特徴からも、左近寺が眼鏡に狂っていることは誰しもが知るところだった。偏執的な愛である。


「アドバイスくださいっす」

「……あえて眼鏡を外して話しかけてみたらどうだ? 眼鏡好きのお前が裸眼だったらそのことが気になって話の種になるだろ」

「えーっ!? ら、裸眼なんて、ほぼ全裸じゃないっすか!」


 全裸じゃないだろ。


「痴女っすよ、痴女! 好きな人の前で眼鏡を外すなんて、そ、そんなの、ほぼ『セッ久』じゃないっすか!!」


 なんだよ、セッ久って。初めて聞いたわ。


「け、けど、あっしの女らしいセクシーな部分を見せるって意見は目から鱗でした。参考にさせてもらうっす」


 そんなこと一切言っていないんだが、左近寺が納得してくれたならそれでいいよ。

 あと、セッ久ってまじでなんですか?

 続いて金井の聞き取りをする。


「で、金井、手塚とどれくらい進んでいるんだ?」


 ウルフマッシュの襟足を両手でニギニギして恥ずかしげに口をモゴモゴさせてからでかメスブタは言った。


「休み時間、帰り際、一緒にいる。ふたりとも話さないんだけど居心地のいい時間なんだ。そんで別れる時にわたしが『また』っていうと悠馬も『また』って返してくれる。……これってさ、またわたしと会いたいってことだよな。また俺に会いにきてくれよって言ってくれてるんだよな。悠馬って表情の変化に乏しいし、多くを語ってくれる方じゃないけど、あいついつも別れ際にわたしに『また』って、また俺と過ごしてくれって、甘えたこと言ってくるんだよ。それが可愛すぎるんだ。なぁ、どう考えても、わたしがみんなの中で頭ひとつ抜けているよな?」


 頭ひとつ抜けてるんじゃなくて頭のネジ飛んでるんじゃねぇの?

 勝手に想像を膨らませて手塚の言葉を意訳するんじゃねぇ。ほとんど話せてすらいないじゃないか。


「なんかアドバイスあるか?」

「……別れの挨拶のとき、手塚の名前も呼んだらいいんじゃないか? 『悠馬、またね』とか言ってさ。人って自分の名前を呼んでくれる人に好意を抱くらしいぞ」

「あんたっ、それっ、さすがにビッチすぎるだろ!」


 どこがですか?


「そ、そんな、甘えた声でゆーまなんて、そんな風にあいつのこと呼んじゃったら、もし、もしだぞ、あいつがわたしの甘えた様子に辛抱たまらなくなったら、もう次の瞬間セッ久になっちゃうだろうが!」


 流行ってるのか、その言葉。

 あと心配しなくても名前を呼ばれただけで辛抱たまらんほど発情する男はいないと思うぞ。


「け、けど、まあ、そういう小悪魔的な誘惑をしてみるって意見は新鮮だったよ。参考にさせてもらう」


 なあ、メスブタたちよ。

 お前ら、今まで何してたんだ。

 揃いも揃って美少女のくせして、まったく手塚との関係値が築けていないじゃないか。

 いや、けど、コミュ力お化けのピニャですらこの様子なんだ。もしかすると、関係値を築けていない原因は手塚の方にあるのかもしれない。あえて親密になろうとしていないんじゃないのか? だとしたらなんで? 

 もし、もし手塚が女性に興味がなくて彼女たちと距離を置いているのだとしたら──。


「……なんでニヤニヤしてんの、ハチ?」

「ふっふっふ、なんでもないよ、ピニャくん」


 我が春は目の前にあるのかもしれない。

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