第24話 乳をたって骨を断つ その1

 昼休みのことである。今朝はリリアナと話し込んでしまったので弁当を作る暇がなかった。さて、久しぶりに学食にでも行こうかと立ち上がった俺を呼び止める影があった。


「ハーチっ、ちょっといい?」

「ん?」


 にっこり微笑む乳メスブタである。


「どこか行こうとしてた?」

「ああ、昼飯を持ってきてないから学食に行こうとしてた」

「そっか。じゃあそれ後回しでよろしく。これから第二文芸部いくよー」

「第二文芸部……」


 記憶を探り思い至る。たしか第二文芸部とは、忌々しき接近禁止令が可決され俺に課された謎の部室だったはず。手塚にちょっかいをかけているメスブタたちの溜まり場、さながらそこは豚小屋だ。あんな場所、二度と行くのはごめんだね。


「なんで行くんだ?」

「うわぁ、すごいしかめっ面。そんなにやなの?」

「やだよ。前に連れてかれた時、お前らにいじめられたし」

「あれはだってハチが悪いんでしょ? ろくに反論もできてなかったし、ヒルーマに告ったばっかりだったから付き纏ってるって考えられてもおかしくないよ?」

「しらね。いきたくねぇ!」


 ふんと顔を背けてほっぺたを膨らませた。やだやだ。ぜーったいにやだ。

 ピニャのすらりとした人差し指が俺のほっぺた風船を一つずつ潰す。

 お菓子を買ってもらえなくてしょげている子供をあやすように彼女は言った。


「ほら、わがまま言わないの。今回はあたしが味方してあげるんだから。誤解を解いて、接近禁止令解いてもらお?」

「え?」


 接近禁止令を解いてもらうと言いましたか?

 俄然耳を貸す気になった。続けてどうぞ。


「あたしからみんなに集合通知を送っておいたの」


 スマホの画面を見せてくる。そこには『恋する乙女協会』という名前のロイングループがあり、ピニャが『今日の昼休み、第二文芸部室に集合! 重要なお話があります!』とメッセを打っていた。片瀬は言う。


「ハチはヒルーマじゃなくて他の人が好きなわけじゃん。だったらさ、あの接近禁止令は不適切でしょ? それに、ハチには悠馬と仲良くしてもらってあたしの恋路の援護をしてもらわなきゃだし、あたし的にもしょーじき接近禁止令邪魔だからなしにしたいんだよね」

「なるほど、そういうことか。ぜひ、よろしく頼む。俺も接近禁止令には歯痒い思いをしてたんだ」

「うむ、待たせたまえ。このピニャちゃんがばっちり解決してみせようじゃないか」


 片瀬がどーんと胸を打つ。おっぱいがぼよーんと波打った。


「それで、どういう話の持っていき方をするつもりなんだ?」

「ヒルーマのことはもう吹っ切れてて新しい恋を追いかけてるから安心してって言うつもりだけど?」

「キツくない?」

「いけそうじゃない?」

「むずくない?」

「いけるっ」

「ほんとかぁ?」

「だいじょぶっ! まかセロリ!」


 ぐっと親指を立てて気楽に彼女は語って見せたが、果たして本当に大丈夫なのか。討論において、このおっぱいがでかくてコミュ力がある腐っていることが取り柄のギャルが、完璧超人最強女子高生の日暮奈留に勝てるとは到底思えない。もしあのメスブタが敵にまわって円卓を支配したとするならば、ピニャが獅子奮迅の勢いで突き進んだとしても、それを小指でチョンと受け止めて軽く鼻歌でも歌うかのように議論の舵をとるに違いない。それだけの凄みが日暮にはあった。

 顔に心配が浮かんでいたのか、見かねた片瀬が俺の肩に腕を回す。励ますようにぐらぐらと体を揺すってくる。すっごいおっぱい当たってますけど気にしないの?


「全部あたしに任せといてよっ、ぜーったいうまくやったげるから」

「……分かった、そこまで言うなら信じるよ。よろしくな、ピニャ」

「へへ。うんっ、頼りにしてよ」


 俺が片瀬をピニャと呼ぶたび、彼女は照れくさそうにはにかんで見せる。

 ほとんど俺に絡みついているような体勢を解いて「ほら、いこっ」と教室を出ていく彼女を追いかけた。

 リノリウムの床を踏み締める規則的なローファーの音。渡り廊下を超えた先の部室棟。その一階。クラス札に第二文芸部の文字踊る教室にたどり着く。

 苦い経験。あの日の出来事を思い出し、胃袋がずしりと重くなった。

 そんな俺の背中をピニャがパチンと平手で叩く。


「顔色うんち過ぎ!」


 うんちは言い過ぎだろ。それもはや顔色悪いとかじゃなくて臭いじゃん。


「ほら、笑って。にーっ!」


 親指と人差し指でほっぺたを横に引っ張られる。

 ふつうに痛い。けど、なんだか気が晴れた。


「あひがほ、もほはいほうふは」

「え? なに?」

「ははひてふれ、ひゃんとひゃべれはい」

「は?」


 てめぇ、そろそろ手を離せ。

 メスブタの拘束を振り解き、もう一度言葉を紡ぐ。


「ありがとう、もう大丈夫って言ったんだよ。聞き取れないなら手を離してくれ」

「あー、なるほど。ごめんごめん。人のほっぺた摘むの初めてだったから、『へぇけっこう柔らかくて気持ちいい』とか考えちゃってた」


 そーですか、そりゃようござんしたね。


「よし、じゃあ行こうかハチ」

「うす、よろしく頼むぞピニャ」


 肩の荷も降りたところで、俺たちは第二文芸部の扉を開く。

 そこには、円卓を囲む四人のメスブタが座していた。

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